池田 うーん、(入社)2年目で会っちゃいましたからね。その後、『オール讀物』に行って、五木寛之先生ら、大御所の作家の担当をしたのですが、まあ多少のことでは動揺しないで済んだかなとは思います。だから、最初に会った天才だし、たぶん最後に会った天才かなっていう気はします。でも、あれほどの天才っぷり、しかも完成度の高いものをずーっと描き続けてきた人と20代のころに会っちゃったのがよかったのかどうか、難しいところですよね。これが30代とか40代ぐらいに会っていたら、もうちょっと違う相撲もとれたかもしれないですけど、20代の若僧じゃ圧倒されるだけでしたから。それが果たして編集者としていいことなのか悪いことなのか、微妙ですよね。
連載終了から35年、累計450万部超え
――大変な思いで担当された『アドルフに告ぐ』ですが、好きな場面とかキャラクターなんかあったりしますか?
池田 アセチレン・ランプの出てくるところはみんな好きですね。ランプが一番かっこいいのが『アドルフに告ぐ』じゃないかなって気がしてて。彼が出てくるだけで画面が締まるっていうか。それと、神戸の大水害(1938年の阪神大水害)とか、わりと頭のほうに出てきますけど、あのへんも印象に残ってますね。
――あのあたりの戦前の関西の描写は、先生がちょうどその時代にすごした地元だからなの
池田 だから先生が幼少期に見聞きしたこともかなり投影されているだろうし、自分のフィールドで動かしてるって感じがずいぶんあったんじゃないかなっていう気はしますよね。ただ、『アドルフに告ぐ』でどこが一番好きなシーンですかって言われても、なかなかこのワンカットって決められないですよね。冒頭のベルリンオリンピックのシーンなんかも、これは資料を集めるのにずいぶん大変だったろうなって、あとになって初代の担当の人たちはよくぞここまでやってくれたなって思いましたし。僕はその人たちがつくってくれた道筋にただ乗っかっただけなんで。本当に感謝してますよ、いまでも。
そうそう、『アドルフに告ぐ』はいま文庫が新装版(全5巻)で出ていますけど、今年も2冊、重版がかかって手塚プロに連絡したばかりです(池田氏は一昨年に定年退職後、現在は業務委託で文庫編集部に勤務している)。連載から何十年も経って、まだ文庫に重版がかかるっていうのは本当にありがたい話で。司馬遼太郎さんとか松本清張さんならいざ知らず、日本の昔の作品で重版がかかるなんてのはまずないですから。そういう意味でもすごい作品だったなと思いますね。
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