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黒塗りの街宣車で来社、包丁を突き付けて脅す…督促で遭遇した“恐ろしい債務者”たちの正体

『督促OL 修行日記』より #13

2021/02/14

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書, 社会, 働き方

note

 支払いを強要する言葉を禁止し、「必ず入金してください」「絶対支払いしてください」といった言葉も使ってはいけない。本当の支払い日から何日延滞していようと「ご入金をお願いします」とお願いをするスタンスを崩してはいけないことになっている。

百戦錬磨の先輩たち

 私は今の督促業界しか知らないが、過去の生き馬の目を抜く督促業界を経験している人には、さすがに尋常じゃなくキャラ立ちしている人が多い。

 私の教育係でコールセンターの青いあくまことK藤先輩もその一人だ。K藤先輩は転職して今私が働く会社に入ったが、最初に就職したのはそれはそれは取り立てが厳しいと恐れられていた某消費者金融だった。K藤先輩が入社した頃の督促は、コールセンターではなくて支店や社員数が10人にも満たないような小さな店舗で行われていた。

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 少し前まで駅前の「サラ金ビル」と呼ばれていたビルには、消費者金融の有人店舗が上から下までびっしりとテナントとして入っていた。その頃は督促も融資の申し込みや貸付審査といった業務の中の一つで、お客さまの途切れた暇な時間や閉店後の時間を使って行われていたそうだ。

 新入社員として消費者金融に入社した若かりしK藤先輩。そんな先輩が、ある日いつものようにお客さまが途切れた時間帯に督促の電話をかけていると、督促表の束の中に、「電話禁止!」と書かれたファイルを見つける。

(なんだろうこれ……?)

 中を開いてみると、「督促禁止」「交渉難債権!」という文字が書かれた督促表が綴じられていた。どうやら過去にクレームになってしまったお客さまの情報がまとめられているファイルらしい。

(ははぁ……督促が難しいお客さまなんだな)

 K藤先輩は当時まだ入社して日が浅いにもかかわらず、すでに督促ではトップの成績を叩きだしていた。難債権を目の前にして、K藤先輩の中に流れるドSの血が騒ぐ。

©iStock.com

 もう延滞しているお客さまにはあらかた電話をしてしまっているし、回収数字を伸ばすにはここしかない。

 過去にクレームになっていても、怒りが収まった後にちゃんと入金してくれるお客さまはたくさんいる。それに電話して、本当に危なそうなお客さまは避ければ大丈夫だろう。K藤先輩はとうとうその禁じられたファイルに手を伸ばしてしまった。

気の優しいおばあさんが……

「ふふ……たいしたことないじゃない」

 電話をかけると怒鳴るお客さまはいたけれど、丁寧に説明するとちゃんと入金の承諾を得ることができた。中にはなんで督促が禁止されているのかわからないような、気の優しいおばあさんもいた。

「K藤と申します、ご入金のお願いでお電話をしました」

「ああ、入金ね。遅くなっちゃっててごめんなさいね、もう一度会社の名前と、あなたのお名前を言っていただいてよろしいかしら? あとお店の住所も教えてもらえる?」

(ん? まぁ……確かに最近振り込め詐欺とかあって物騒だものね、しっかりとしたおばあさんじゃない)

 そう思ったK藤先輩は、会社の名前とお店の場所、自分の名前を名乗って電話を終えた。