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黒塗りの街宣車で来社、包丁を突き付けて脅す…督促で遭遇した“恐ろしい債務者”たちの正体

『督促OL 修行日記』より #13

2021/02/14

source : 文春文庫

genre : エンタメ, 読書, 社会, 働き方

note

「昔は回収っていえば、もっぱら訪問回収がメインだったんだ。軽の社用車で山奥のお客さんの家に行って、1件回収すれば終わりみたいな日があったし、なによりお客さんの顔が見れた。俺は一日中電話をかけさせられる今の方がつらいよ」

信用のない人は救急車も助けてくれない

 督促というお仕事は、今も昔も決してお客さまに好かれる仕事ではないし、お給料がいいわけでもない。私は先輩に、こんな質問をぶつけたことがあった。

「そんなに人から嫌われる仕事なのに、なんのために、誰のためにやるんですか」と。

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 すると先輩は、こんな話をしてくれた。

 以前、まだカード会社の店舗が街中にあって、お店でお金の貸付や返済を受け付けていた時代の出来事。

 お店に一人のお客さまがやってきた。まだ昼間なのにひどくお酒を飲んでいたそうだ。

 お客さまは融資をしてほしいと希望したが、借りているお金の支払いを延滞していたので、新しくお金を貸すことができなかった。店舗の社員がそのことを告げると、お客さまはお店の中で暴れて散々怒鳴り散らして店舗から出ていった。

 しばらくするとお店の外が騒がしくなった。店舗を出て階段を下ったところで、さっきのお客さまが意識を失って倒れているというのだ。

 慌てて社員が出ていくとお客さまの傍らにカップ酒が転がっている。酔っ払って転んだのか、急性アルコール中毒かもしれない。とにかくすぐに救急車を呼ぶことにした。

©iStock.com

 ところが、救急車は来てくれなかった。

 どういういきさつでその男性の素性がバレたのかわからないが、その男性は救急車で担ぎ込まれては病院代や医療費を踏み倒す常習犯だったらしい。今回救急車で運んでもまたその費用を踏み倒されるのは明白で、その時店舗があった市内の病院は、結局どこもその男性を受け入れてくれなかったらしい。

 しかたなく先輩たちは男性をかついで少し歩き、その行政区の境目を超えたあたりで隣の市の病院の救急車を呼んで男性を搬送してもらった。

「信用を失うということは命を失うということに等しい。信用のない人は救急車だって助けてくれないんだ」

 救急車で運ばれていくお客さまを見て、先輩はそう思ったそうだ。

 このお客さまだって最初から信用がなかったわけじゃない。借りたお金を返さないことから始まって、善意で運んでくれた救急車や治療してくれた病院代を払わない、お酒を飲んで周りの人に迷惑をかける……色々な行動が積み重なってこんな状況に追い込まれてしまったのだ。

督促はお客さまの命を守ることにもつながる

「私たちが相手に嫌われても、怒鳴られても、包丁を突きつけられても、督促しなければならないのは、お客さまの信用を守ることができるから。お客さまの信用を守るのはもしかしたら命を守ることにもなるかもしれないしね」

 そう言って先輩は笑った。

 変わりつつある督促業界、あいかわらずイメージも悪いまま、冬の時代を抜け出せずにいるが、これからどうなっていくのかはまだわからない。

 私は先輩方から受け継いだタスキをどんな後輩たちに渡していくのだろうか。

督促OL 修行日記 (文春文庫)

榎本まみ

文藝春秋

2015年3月10日 発売

◆『督促OL修行日記』を1回目から読む。

黒塗りの街宣車で来社、包丁を突き付けて脅す…督促で遭遇した“恐ろしい債務者”たちの正体

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