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中国共産党の“スパイ養成機関”に潜入…「孔子学院」を6ヶ月どっぷり受講して見えた真実

2021/02/17
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ゆるい「スパイ養成機関(仮)」

 L老師の講義は、日本語のニュース文を即興で翻訳させたり、逆にニュース文を読ませたり、通訳者の心得を中国語で解説したりだった。

「清末の翻訳家の厳復いわく、翻訳のキモは『信・達・雅』(正確性が高く、スムーズに伝達でき、センスのいい表現をすること)です。単語、テキスト、センテンス、章……、各段階ごとに工夫をこらさなくてはなりません」

 と、大変勉強になる。いっぽう、英会話教室などでは定番の「週末はどう過ごした?」といった内容の会話はほぼなかった。受講生が自己紹介で語るケースを除けば、各人の職業や結婚の有無、正確な年齢といった個人情報は半年間を通じてほとんど不明のままだ。私も自分の職業について詳しくは話さなかった。

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 ちなみに、中国ルポライターである私は中国関連の分野ではそれなりに悪名高い。日本国内でデモの取材中に公安警察の職質を受けても名刺を見せたとたんに逆に挨拶される、李登輝氏の追悼のため台北駐日経済文化代表処(事実上の台湾大使館)に行くと初対面の職員から顔パスで会場に入れてもらえるなど、中国・台湾関係者から勝手にピンとこられるケースもすくなからずある。

 だが、「スパイ養成機関(仮)」にもかかわらず、L老師は講義3回目くらいまで私が安田峰俊だとは気づいておらず、授業はマイペースかつアットホームに進行した。受講者はみんな自宅からZOOMで参加している。講義中のL老師の隣の部屋からは、お孫さんらしき幼児のはしゃぐ声がときおり聞こえてきた。

意外とマジで「孔子学院」だった

 いっぽう講義のなかで驚かされたのは、中国の子どもの文字学習のなかで伝統的に使われてきた『三字経』や『千字文』(日本の「いろは歌」に相当する)をはじめ、儒教の経書『大学』、宋の司馬光が著した歴史書『資治通鑑』など、さまざまな古典の音読をかなりみっちりやらされたことだ。

「イデオロギーの話はともかくとして、国学(guó xué、漢学)のレベルは台湾のほうが高いよねえ」

 などと話すL老師の趣味なのか、中国のソフトパワー外交を進めたい孔子学院全体で決まっているカリキュラムなのかは不明だが、どうせ発音練習をやるのならば格調高いテキストを読むほうがいい。

『大学』を読む私。大学の道は明徳を明らかにするに在り、民を親たにするに在り、至善に止まるに在り……。

 こうした古典の素読(そどく)は、往年の日本の寺子屋で盛んにおこなわれた中国古典の基本的な学習法だ。もちろん本場の中国でも、科挙(官吏登用試験)の勉強の第一歩は子どもたちに経書を音読させることだっただろう。孔子学院は意外とマジで「孔子学院」をやっていたのである。

 また、現代文学についても現地の小学校高学年か中学生の教科書に掲載された文章を紹介しているらしく、文学賞レベルの作家のエッセイがポンポン出てくる。こちらもかなり勉強になった。