アメリカのポンペオ前国務長官から「中国共産党による世界規模の影響力浸透工作の重要な一角」「プロパガンダ機関」などと名指しされ、日本国内でも警戒感が高まる「孔子学院」。これは全世界150カ国以上で約550施設を展開している、中国政府肝いりの中国語・中国文化教育機関だ。日本国内でも桜美林大学や立命館大学・早稲田大学などに合計15校ほどが開設されている。
2月6日に『現代中国の秘密結社 マフィア、政党、カルトの興亡史』を刊行して中華圏の陰謀に迫ってきたルポライターの安田峰俊氏は、なんと2020年9月から半年間にわたり、首都圏の某大学の孔子学院に潜入取材をおこなっていた。世間では「スパイ養成機関」とも呼ばれる機関をスパイした結果、見えてきた真実とは──?
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「安田峰俊は立命館孔子学院の講師である」
本題に入る前に書いておこう。私(=安田)は孔子学院と奇妙な縁がある。なぜならツイッターなどで私の名前を検索すると、なぜか「安田峰俊は立命館孔子学院の講師である(=なので中国共産党の回し者である)」と主張する謎の情報がすくなからず引っかかるからだ。
理由はおそらく、私が立命館大学のOBで、現在も同校から人文科学研究所客員協力研究員の肩書をいただいているため。さらに2019年6月22日に立命館孔子学院から中国理解講座の一環として「中国史マンガの魅力を語る」という演題の講演を依頼され、登壇して喋った経験があるためだと思われる。なお、この講演は1回きりで講演料は3万円、さらに東京から京都までの交通費をいただいた。
講演依頼を請けた事情も単純だ。私は立命館に対して、原辰徳のジャイアンツ愛といい勝負になるほど強い愛校心を抱いているからである。かつて一般入試の成績が良好だったので在学中4年間の学費を半額にしてもらったうえ、交換留学に行かせてもらった恩があるのだ。しかも、立命館孔子学院の現院長を務める宇野木洋先生は往年の恩師の一人である。むしろ講演依頼を断るほうが人としておかしい。
とはいえ、私は外部から1回呼ばれただけの立場にすぎない。孔子学院の内部でいかなる教育がなされているかは、たとえ知りたいと思っても不明である。かといって、月1回くらいのペースで海外取材の予定が入り、締め切りに追われ続けている身では、受講者として潜入してみることも厳しい。孔子学院は東京近辺にも複数あるが、毎週の決まった時間にわざわざ通学する余裕はないのだ。
6000円のために母校を裏切る
ところが、そんな自分に転機が訪れた。新型コロナウイルスの流行によって、海外取材に一切行けなくなったのだ。
しかも、2020年8月ごろからアメリカのトランプ政権(当時)が孔子学院への警戒心を強めており、このことは日本でも大きなニュースになった。すなわち、孔子学院の記事を書けば多くの人に読まれる可能性が上がった。
そこで調べてみたところ、母校の立命館大学のほか国内複数の孔子学院がZOOMを使ったオンライン講義を実施していた。これなら通学時間なしで在宅受講ができる。料金は各校でまちまちだったが、都内にある私立M大学の孔子学院は、週1回90分間の講義を半年間で16回受けられて、お値段はなんと3万7840円である。
念のため言えば、これは1コマの値段ではなく半年間の学費だ。自分が卒業生割引を受けられる立命館の孔子学院よりもさらに6000円以上も安かったので、私は愛する母校をあっさり裏切ってM大孔子学院で学ぶことにした。