抽象絵画が感情をダイレクトに表現
絵画が具体的なものばかりではなく、抽象的なものを表現するようになったのは20世紀に入ってからのこと。アメリカでは世紀の半ばごろ、「抽象表現主義」と呼ばれる画家たちが活躍した。そのうちのひとり、エレイン・デ・クーニングの《無題(闘牛)》は、画面も大きくて大迫力。
叩きつけるような激しい筆触で、ほとばしる色彩が画面いっぱいに広がる。モチーフは猛々しい牛の姿だというが、無理に牛のかたちを探そうとする必要もない。それよりもモチーフから描き手が受け取ったエネルギーや感情を、観る側もダイレクトに受け取ればそれでいいという気がしてくる。
元永定正《無題》は、日本の抽象表現の高い達成を示す作品である。
戦後に関西で結成された美術家グループ「具体」のメンバーとして活動した元永は、一時期、傾けたカンヴァスに絵具を流し込むという独創的な技法に盛んに取り組んだ。
その時期の代表作がこの一枚。意識と無意識のあわいを、色彩が浮遊しているような表現は、自由を希求する精神そのものを描写したみたいに見える。
事物の本質だけを掬い取る「線の画家」
展示の最後を飾るのは、ピカソと並ぶ20世紀アートの巨匠、アンリ・マティスの作品である。
室の壁面にずらり並べられているのは、マティスによる素描だ。鮮やかな色使いで画面を覆う「色彩の画家」の印象が強いマティスだけど、形態を単純化することによって事物の本質だけを掬い取る「線の画家」としても抜きん出た魅力を誇る。
数本の黒線によって人物像を浮かび上がらせているのは《ジャッキー》。モデルはマティスの孫娘だ。この女性の明朗そうな性格や、さぞやマティスはこの孫娘を猫可愛がりしていたのだろうということ、楽しく交流していたふたりの関係などが、作品の前に立てばありありと浮かんでくる。
描線だけで感情や関係性を伝える技量に感嘆しきり。21世紀になってますます隆盛を誇るマンガ表現の源流を、ここに見出すこともできそうだ。
充実のコレクションから、私たちが暮らす現在の土台となっている「時代精神」を感じ取ってみたい。