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10年かかると言われる新規感染症のワクチン開発…なぜ「新型コロナワクチン」は「最速」で臨床試験に入ることができたのか

『合成生物学の衝撃』より#2

2021/06/08

source : 文春文庫

genre : ライフ, 読書, サイエンス, 医療, 国際

note

ごく短期間のうちに実用化にたどり着いた新型コロナワクチン

 通常、新規の感染症のワクチン開発には10年かかるとされる中で、1年未満というごく短期間のうちに実用化にたどり着いた。快挙であると同時に、ワクチンにとどまらず、薬となる物質を体内で作らせる「mRNA医薬」の時代の幕開けを印象づけた。

 第六章でも書いたように、モデルナは2010年創業で、2013年からDARPAの助成を受け、成長を遂げた。いずれも実用化には至っていなかったものの、COVID-19の登場以前に七つの感染症のワクチンで臨床試験を開始している。基本的な技術を確立していたからこそ、コロナワクチンも「最速」で臨床試験に入ることができたのだ。

©iStock.com

 私は、パンデミック発生直後の20年春に毎日新聞社からオンラインメディアのNewsPicksに仕事の場を移した。同僚とモデルナのワクチン開発について取材しながら、同社の将来性を見抜き、育てたDARPAの慧眼に密かに舌を巻いた。

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 日本は国際的なワクチン開発競争で大幅に出遅れ、海外からの輸入が滞っていることから、今や接種率でも遅れを取っている。米国のように軍事予算で開発を支援する必要があるとは思わないが、検査体制の貧弱さを含め、新規の感染症に対する備えがなかったことへの真摯な反省は必要だろう。

 思い出すのは、留学先のノースカロライナ州立大学で、退役軍人という経歴を持つ工学系の学部長と交わした会話だ。アカデミアでの軍事研究の必要性について尋ねる私に、彼はこう説明した。

「軍事研究には常に切実な動機がある。だからこそ、アカデミアの研究者も切迫感をもって取り組み、最短期間で成果を出せるのだ」

 だが、ワクチン開発について言うならば、感染症から国民の健康と命を守ること、それ自体が国家にとっての「切実な動機」になるはずだ。COVID-19の収束はまだ見通しがつかず、将来、新たなパンデミックが起こる可能性も十分にある。日本でも今後、多様な研究開発が進むことを願っている。

合成生物学の衝撃 (文春文庫)

須田 桃子

文藝春秋

2021年6月8日 発売

 

10年かかると言われる新規感染症のワクチン開発…なぜ「新型コロナワクチン」は「最速」で臨床試験に入ることができたのか

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