モデルナの開発した「mRNAワクチン」
1月11日に中国の研究チームがウイルスのゲノム情報(塩基配列)を公表すると、その二日後にワクチンの設計を終え、3月16日には実際に被験者に投与する第一相臨床試験を開始するという驚異的な開発速度で一躍、世界の注目を浴びた企業があった。米国立衛生研究所(NIH)と共同開発しているという、そのバイオベンチャーの名前に見覚えがあった。本書の第六章で、米国防高等研究計画局(DARPA)から出資を受けた企業として紹介したモデルナだ。
抗原を投与して、体内でウイルスを撃退するための抗体を作らせる従来のワクチンに対し、モデルナの開発した「メッセンジャーRNA(mRNA)ワクチン」は、抗原そのものではなく、その「設計図」となるmRNAを注射で投与する。細胞内でmRNAに書かれた設計図通りに抗原タンパク質が作られると、後は従来のワクチンを投与したときと同様に抗体が作られ、いざ本物のウイルスが侵入してきたときに撃退してくれる。言わば人体を従来型ワクチンの生産工場として使うという、新しいコンセプトのワクチンであり、ウイルスのゲノム情報がわかればすぐに設計・合成できるのが利点だ。ウイルスを弱毒化したり不活化したりして作る従来型ワクチンより、はるかに容易かつ迅速に開発できる。
米国の大手製薬企業ファイザーとドイツのバイオベンチャー、ビオンテックが共同開発したmRNAワクチンとともに、20年12月に米国や英国、欧州で接種が始まり、21年3月には日本でも国内供給を請け負う武田薬品工業が承認を申請した。mRNAワクチンは初めて実用化されただけに有効性や安全性に対する懸念もあったが、ファイザー社製と同様、数万人規模の臨床研究で90%台の有効性が示されている。季節性インフルエンザのワクチンの有効性が50~60%とされる中、医療関係者も驚くほどの高い数字だった。安全面でも今のところ、深刻な問題は出ていないようだ。