昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

連載昭和事件史

2021/11/07

 その間、AP電は「ラ書記官、沖縄で米軍に協力 ソ連スパイ網を暴露」(2月4日付朝日朝刊、ほぼ同内容は読売にも)、「クモの巣、ソ連スパイ組織 元代表部に五つの系統」(2月5日付読売朝刊)と連打したが、2月7日付朝日朝刊の「身柄は沖縄から移す?」というベタ(1段)記事を最後に、報道はぱったり途絶えた。そして行方不明から半年余りがたった――。

各紙にソ連スパイの記事が躍った(読売)

「二等書記官は仮装」

「ラストボロフ事件の真相 書記官、実は陸軍中佐 日本で情報任務に」(朝日)、「ラストボロフ失跡事件の真相 外交官を装いスパイ 米、本人の希望で保護」(毎日)、「ラストヴォロフ事件の真相 実は陸軍中佐 圧迫逃れ米の保護求む」(読売)。同年8月14日付夕刊各紙は似たような見出しで、そろって1面トップで伝えた。外務省情報文化局と公安調査庁の共同発表という形だった。比較的分かりやすい毎日を見よう。

日本政府の発表を1面トップで報じた朝日

 さる1月27日、在日元ソ連代表部から警視庁公安三課に捜索願が出されていた同部二等書記官ユリ・A・ラストボロフ氏(33)のナゾの失跡事件について、外務省情報文化局及び公安調査庁では14日朝、別項のような共同発表を行い、(1)同氏がさる1月24日夕刻、自発的に在京米国当局に保護と援助を求めてきたこと

(2)米国当局が本人の希望により同月26日、同氏を米軍用機で海外に連れ去ったこと

(3)同人はソ連内務省所属の陸軍中佐で、二等書記官は仮装であったこと

(4)現在までに若干の日本人が同氏と関係があり、そのうちのある者は既に自首してきていること

(5)政府高官には関係していた事実はないこと――

 を明らかにするとともに、この事件に関する外務省、在日米国大使館の往復文書と、「自由世界へ逃れるまで」と題するラストボロフ氏の手記の全文を発表した。

 共同発表の内容で補足すべきなのは次のようなことだ。

(1)日米当局は本人のたっての希望と機密保持の必要上、遺憾ながら今日まで発表を差し控えざるを得なかった。

(2)米国側のとった措置については、緊急事態だったとはいえ、本人の出国以前に日本政府と協議しなかったこと、正規の出国手続きを怠ったことを遺憾として申し入れた結果、米国側は遺憾の意を表明するとともに、将来同様のことを繰り返さないことを保証した。

「この苦い体験が、私の心に宿っていたソビエトの政治体制に対する疑惑を深めたことは事実だ」

ラストボロフの手記「自由世界へ逃れるまで」(毎日)

 アメリカ側が日本政府に無断で出国させたのは明白な主権侵害だが、日本政府はこの見解で問題を済ませようとした。「自由世界へ逃れるまで」と題したラストボロフの手記は朝日、毎日、読売とも大きく扱っているが、コンパクトな読売の掲載記事を適宜要約する。