1ページ目から読む
2/5ページ目

 ここ一番で勝ち切れない“トラウマ”──。

 高校最後の夏は、岩手大会の決勝で敗れて甲子園出場を果たせなかった。プロに入ってからも、日本シリーズの舞台にはまだ立てていない。2015年は優勝したホークスにだけ分が悪く、CSではマリーンズに打たれて、日本一の頂からの景色を確かめることはできなかった。

©文藝春秋

 その理由を、大谷は考えた。CSに負けてからの1カ月、1度目の韓国戦での登板を迎えるまでの間、彼は自問自答を続けた。

ADVERTISEMENT

「なぜ勝てないんだろう、なぜ大事なときに限って結果を出せないんだろうって……甲子園もそうでしたけど、ここ一番の試合で勝ってきていないので、自分自身にイマイチ自信を持てていなかったんです。でも、プレミアで結果を出せたら、自分の中で変わるところがあるのかなと思い直しました。負けて、そのままズルズルと、よくない流れでいくのか、それともここでひとつ、越えられるかで、僕はだいぶ違う。だったら必死になって取りにいこう、勝ち切ろうと、自分に言い聞かせました」

大谷の自信を取り戻し、勇気を与えた1本の映画

 そして、大谷は1次ラウンドの韓国戦で勝った。しかし、本当に負けられない戦いは、まだ先にあった。

 決勝トーナメントに進んだ日本は、プエルトリコとの準々決勝で前田健太を先発させた。順番から言えば大谷だったが、不慣れな台湾での試合を順応力の高い前田に任せ、東京ドームで戦う準決勝を大谷に託したほうが2人とも持ち味を発揮できるはずだという、侍ジャパン、小久保裕紀監督の決断。準決勝に登板することになった大谷は、思いもしない感覚に包まれたのだという。

「初戦を勝って、巡ってきた準決勝がまた韓国戦だったじゃないですか。2度目の韓国戦で、しかも負けたら終わりという状況になって、ああ、これは初戦よりも緊張するマウンドが来ちゃったな、これを乗り越えなきゃいけないんだろうなという気持ちになりましたね。そういう意味では、準決勝のほうがかなり緊張しました」

 だから彼は準決勝の前夜、東京のホテルの一室で、その映画を観ることにした。じつは大谷は1度目の韓国戦の前夜にも、札幌で同じ映画を観ていた。映画が終わったあと、彼は「幸せな気持ちになった」のだと言った。だから決戦前夜も、その映画の世界に入り込もうとしたのだ。不安を振り払い、自信を取り戻し、勇気を与えてもらうために──。

「あの映画、ストーリーがおもしろかったんですよ。『フェイシング・ザ・ジャイアント』ですよね。正直、アメリカンフットボールの技術的な話や作戦面は全然、わからないんですけど、あのときは、映画に自分の中で消化できるものがあったんです。いいタイミングで観られたので、すごくスッキリしました」

 “Facing the Giants(邦題『フェイシング・ザ・ジャイアント』)”は、アメリカンフットボールを題材にした映画である。主人公のグラントは、ミッション系ハイスクールの弱小アメフト部、イーグルスを率いるヘッドコーチだ。グラントは必死でチームを鼓舞するが、選手たちは笛吹けど踊らず、連戦連敗。ついには格下だったはずの相手にも負け、校内にはグラント解任論が巻き起こる。そんなときグラントは、雨を心から欲し、神に祈った2人の農民の物語に出会う。