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「スライダーというのは僕の球種の中ではヒットを打たれる確率が高い球種なので、嶋さんはなかなかサインを出せなかったんだと思います。でも、僕はスライダーを投げたかったし、結果的にはいいタイミングで使ってくれたと思います。そもそも僕のスライダーがもう少し嶋さんに信頼してもらえるような球種だったら、もっと早く出してもらえたんでしょうけど……(苦笑)」

 ストレート、フォークにスライダーが加わって、試合中にバージョンアップを果たした大谷のピッチングに、韓国打線はなす術もない。7回、先頭の鄭根宇にセンター前へ初めてのヒットを打たれ、ノーヒットノーランは潰えたものの、2番の李容圭を158㎞、3番の金賢洙を157㎞のストレートで、いずれも空振り三振に斬って取った。そして最後は、4番の李大浩をサードゴロに打ち取り、1度も2塁を踏ませないまま、大谷はこの回限りでマウンドを下りた。7回を投げて被安打1、11個の三振を奪って無失点──圧巻の内容だった。

 85球のピッチングの中で驚かされたことが2つある。

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 1つ目は7回、初ヒットを打たれたときの心持ちだ。

「ノーヒットは意識していませんでしたけど、わかっていました。だからいつかヒットを打たれたとき、こんなもんだろうと思えるだけの心の準備はしていましたね」

 2つ目は、金賢洙への攻め方だ。初戦では変化球で2つの三振を奪い、準決勝ではすべてストレートで3打席連続の空振り三振に仕留めた。

「初戦ではまっすぐにどれだけついてくるのかを踏まえて、変化球にはどういう対応をしてくるのかを見たかったんです。実際、金賢洙選手には、僕が1球だけ投げたカーブもしっかり待たれてファウルを打たれましたが、あれは危なかった……でも、準決勝では万が一がないように、全力で抑えにいきました。とはいえ、いいバッターの反応を見るのは自分のバッティングの参考になりますから、どうしても興味を持っちゃうんですよね(笑)」

1日1日を、誰よりも大事に過ごしてきた自信

 コップに水を1滴ずつ垂らすがごとく、大谷はひとつずつ、目標を叶えてきた。だから、できなかったことができるようになったとき、なぜできるようになったのかを訊かれても、彼はその理由を1つ挙げるようなことはしない。なぜなら、コップ1杯分を満たす何万の水滴と同じく、目標という名のコップを満たすために積み重ねてきた理由は何万もあるからだ。

 そんな大谷が、野球人生の中で思うように満たすことができずにいた“ここ一番で勝つ”というコップの水は、準決勝の韓国戦でようやく満たされたのかもしれない。

「プロ1年目より2年目、2年目よりも3年目、今が一番、僕の中では自信がありますね。僕は今まで、結果を出すためにやり尽くしたと言える1日1日を、誰よりも大事に過ごしてきた自信を持ってますから……」

 2016年、開幕から思うように勝てなかった大谷を支えたのは、アリゾナキャンプで出会ったパドレス伝説のクローザー、トレバー・ホフマンのこんな言葉だった。「野球に勝ち負けはつきもの。試合に入るためにどうやって備えてきたのかが大事。その先で負けたのなら、自信を持ってやった結果だから、気にすることはない」

©文藝春秋

 大谷はチームを限りなく勝利に近づけた。しかし日本は準決勝で韓国に逆転負けを喫する。初回から「空振りを取れる」ストレートを投げ続けた結果、疲れを溜めた大谷は7回、ボールが高めに抜け始めていた。それが8回からの交代につながったとなれば、まだ課題はある。

「緊張する舞台で普段以上の力を発揮するのは、相当キツい。僕がよくてもチームが負けちゃ、まだまだです。やることがいっぱいあって、ヒマな時間はありませんよ」

 21歳の野球“翔”年は、そう言って笑った──。

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