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トム・クルーズ演じる主人公は生活感がないダメな男

押井 トム・クルーズ演じる主人公は、生活感がない、日常的にはダメな男なんだよね。だから奥さんと別れちゃったんだろうけど。元奥さんが冷蔵庫の中身を確認して「何も入っていない」と指摘すると、主人公は「俺の冷蔵庫を勝手にあけるな」と怒るんだよね。いざ避難するとなったときに、食料品が何もないから、息子が箱に詰めて持ってきたのがトマトケチャップとピーナッツバター(笑)。『パトレイバー2』でコンビニに買い出しに行った整備員と同じ。ちっとは備蓄ってことを考えろやって話なんだよね。

「じゃあピーナッツバターのサンドイッチでも作ろうか」と言ったら、娘が「わたし、ピーナッツアレルギーなんだけど」って。「いつから?」と聞いたら「生まれたときから」。自分の子どものことをなにひとつ理解していない。そういう日常的にはダメな親父だから、非日常では大活躍するって話になってはいるんだよね。だけど、玄関先で「じゃ!」で終わる。

――どうしてこうなったのでしょう?

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押井 アメリカを救う話にせずに家族の話に終始させたのは、スピルバーグらしいといえばそうなのかもしれないけど、普通のプロデューサーだったら撮り直せってことになるはずだよ。スピルバーグは、ドリームワークスの映画を統括しているから、『ゴースト・イン・ザ・シェル』の最終ロールをぜんぶ撮り直させたんだよ。他人の映画なら「撮り直せ」と言うくせに、自分の映画は直さない。

「よくできたエンタメの監督です」

――スピルバーグは初期作品で苦労した以外は、予算もスケジュールもオーバーしたことがないのが自慢の監督ですよね。

押井 それは僕の自慢でもある。僕も納期をオーバーしたことがない。まあ、僕のことは置いておくとして、スピルバーグ本人もこんな映画のつもりじゃなかったんだと思うよ。あれよあれよという間に、いつのまにか、こんな映画になってしまった。そういう意味では、スピルバーグの映画でいちばん印象に残った。彼のほかの映画はさ、見ている最中は「面白いなあ」と思うんだけど、見終わったら何も残らない。

『カラーパープル』や『ミュンヘン』のような社会派の映画にしたって、映画監督に固有の眼を持っていないから、誰もが考えるような社会的なテーマをなぞるだけ。だから印象に残らない。『ミュンヘン』はディテールに凝るから、そこで印象に残るんだけどね。社会的な、あるいは政治的なテーマとしては印象に残らない。

 だけど、この映画はトンデモ映画であるがゆえに、強烈に印象に残る。スピルバーグで1本選ぶとしたらこれしかないと思っていたし、こういう映画でしかスピルバーグのことを語りようがない。あとはもう本当に「よくできたエンタメの監督です」という以上の言葉は出てこない。

©文藝春秋

「スピルバーグでも破綻することがあるんだ」

――宇宙人侵略映画としての『宇宙戦争』の評価はいかがでしょう?

押井 僕は昔の『宇宙戦争』(1953)がけっこう好きだったからさ。三本足のトライポッドをスピルバーグがどういうふうに見せるのかなという興味で観賞した。トライポッドは、僕も『パトレイバー』のOVAの第1話で出したんだよ。「ぴっけるくん」という名前の長足の赤いレイバー。

――あっ、あれは『宇宙戦争』のトライポッドが元ネタだったのですか!?

押井 自分でやってみて分かったけど、三本足では動けないんだよ。『パトレイバー』をやっている途中で自分でも気がついた。デザインをぶっちゃん(出渕裕)に発注済みだったし、もう上がってきちゃっていたから、「まずいな」と思ったんだよね(笑)。三本足って、要するにカメラの三脚だから固定用なんだよね。あれで動くわけない。

 だからスピルバーグがトライポッドをどう動かすのかということに興味があった。実際1953年版の『宇宙戦争』の100倍素晴らしかった。ディテールがいっぱいあって、デカいから動きの無理がバレなかったというのもあるんだろうけど。登場のさせかたがとにかく上手い。レイアウト的にも、カメラワーク的にも、映像を仕事にしている人は100回は見ろよって話だよね。さすがスピルバーグだと思った。中盤のフェリーも上手い。こうやるしかない、お手本のようなカット割りだった。

――演出の上手さを堪能すべき映画なのですね。

押井 宇宙人をテロと言い換えてもいいし、強盗と言い換えてもいいんだけど、非日常のとき頼りになる親父を描くつもりが、いつのまにか破綻してしまった。スケールもあるし、金もかけているんだけど、妙にこじんまりとしていて、玄関先で「じゃ!」で終わる。スピルバーグでも破綻することがあるんだ、ということを教えてくれる映画である。それが映画の面白さでもあり、恐ろしさでもあるんだよね。

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