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『カムカム』はなぜ何度も朝ドラを引用するのか?

 朝ドラを引用する朝ドラ、と『カムカムエヴリバディ』はよく表現される。だが、ラジオ英会話を主題にした「百年の物語」がこれほど何度も過去の朝ドラを引用するのは、もうひとつの理由があるのではないかと思う。

 物語に併走し続ける2つのモチーフ、「ラジオ英会話」と「連続テレビ小説」にはいくつかの共通点がある。基本的には平日毎日、15分ずつ放送されるNHKのコンテンツであること(ラジオ英会話は90年代に20分に拡大されているが)。そしてもう一つは、それを必要とする人々が、決してエリートではない市井の人々であることだ。

 安子、るい、ひなた、という3世代のヒロインは、いずれも若き日に大学に進学していない。女が大学へ行くなど夢物語だった時代の安子、母のいない実家を飛び出すように働き始めたるい。そして将来に迷いながら就職したひなたは、いずれも学校教育ではなく、ラジオで英語を学びはじめる。

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 ある意味それは必然で、塾や家庭教師、あるいは大学の英文科と言った優れた教育環境に恵まれた人々は、毎日15分のラジオで英会話を学ぶ必要などないからだ。

出会った頃の稔さんと安子(写真 NHK提供/総合、月〜土曜午前8時ほか)

 自分を語る言葉として英語を発見する安子、そしてその安子に「I Hate You」を突きつけるるいを見ても、物語の中で英語が単なる外国語ではなく、自己表現の獲得を隠喩していることがわかる。そして何度となく繰り返し引用される過去の連続テレビ小説もまた、「自分の物語を語る言葉」として『カムカム』の中で描かれているのだ。

朝ドラ好きの雪衣が、テレビから獲得してきた教養

 それは単なる朝ドラスタッフの自画自賛ではない。記念すべき第1作の朝ドラ『娘と私』を見つめる雪衣は、現実のるいに背を向けてドラマの中の美談に夢中になる女性として、ある種の痛烈なアイロニーをこめて描かれている。だがその雪衣は、第98話で第1作から欠かさずすべての連続テレビ小説を見てきたことを錠一郎に語る。そして、107話ではるいに過去を謝罪し、病室で連続テレビ小説を見る日々を送って生涯を終える。

 雪衣は安子やるいやひなたのように、ラジオ英会話で英語を学ぶことはついになかった。だが物語は明らかに、3世代ヒロインにとっての英語の位置に、雪衣にとっての連続テレビ小説を配置している。それは安子と同じ世代の主婦である雪衣がテレビから学び、獲得してきたささやかな教養であり、言語なのだ。

 母を失ったるいが、ラジオから流れる英語講座を聴き続けてきたように、雪衣にとって連続テレビ小説が自分の内面に語彙を与える人生の伴走者だったことが描かれ、雪衣は自分の内面を言語化し、るいに謝罪する。「みんな間違うんです。みんな」るいはそう答え、その謝罪を受け入れる。