「いっこく堂って今何してるのかなと思って調べたら一人でリモート会議やってた。」

 2022年1月下旬、漫画家おおひなたごう氏がそんな言葉と共にTwitterにあげた動画には、人形の“師匠”と“カルロス”を相手にした一人三役の「リモート会議」をするいっこく堂氏(59)の姿が。その芸の凄さもあって、24.6万件の“いいね”がつくほどの注目を集めた。

 そんないっこく堂氏に、ブレイク時の様子、2016年に起きた転倒事故、今後の展望などについて、話を聞いた。(全2回の2回目/最初から読む

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いっこく堂さん

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――1995年にブレイクしてからは、年間300本の公演をこなされたとのことですが、それはほぼ毎日公演といった状態ですよね。

いっこく堂 1日2公演とかもありましたから。土日の公演は必須だったので、一般的な休日の感覚は完全になくなりました。で、1999年にはテレビでもブレイクして。

――そこからは破竹の勢いでしたよね。収入の跳ね上がり方も桁違いだったのでは?

いっこく堂 バイトもしていた頃から比べたら、それはまぁ。でも、お金のことはあまり考えなかったですね。派手に遊んでやろうみたいな意識もなかったです。東京に出てきた頃から、原宿に行くとか、渋谷に行くとか、そういうのもまったくなかったし。

 さすがに家を買う時とかは、ちょっと考えましたよ。だけど、それは「いくらあったらいいんだろう」といった感じの話で。お金がない頃はしょっちゅう通帳を見ていましたけど、入るようになってからいちいち見なくなっちゃいましたね。

 

――俳優から腹話術師になろうと決断した時点で、あそこまでの成功は確信されていたのでしょうか。

いっこく堂 してましたね。僕はすごく落ち込む時は落ち込むんだけど、やっぱり根底はポジティブなんですよね。「絶対うまくいく」「自分はこのままで終わるはずがない」ってことをわかっているというか。自分でも「なんなんだろうな」ってくらい、常にそう確信しているんですよ。

――その確信は、芸に対する自信とは別のものですか。

いっこく堂 芸に対する自信に支えられている部分はあるかもしれません。腹話術では誰にも負けないというか。自分の芸はどこに出しても絶対に恥ずかしくない、誇れるものだなって。練習は欠かしていませんし、毎年うまくなっていると感じています。