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「最後は“こいつらバカで金もないけど、ガチだな”と…」 アフリカでギャングを改心させた大学生が、日本唯一の“テロリスト更生スペシャリスト”になった不思議な経緯

NPO法人「アクセプト・インターナショナル」永井陽右さんインタビュー #1

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猛勉強して早稲田大学入学、そしてルワンダへ

「困っている人のために何かするべきだ」

「じゃあ、どうせなら一番困っている人を助けよう」

「そのためにはまず勉強して大学に行くか」

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 そう考えた永井さんはその後、猛勉強を始め、浪人期間を経て2011年に早稲田大学教育学部に進学する。受験勉強で触れた世界史の教科書で最後のページにあったのが、1994年のルワンダでの大虐殺。大学では入学早々、ルワンダに関する団体に入り、1年生の夏に早速ルワンダへ飛んだ。

 だが、現地で見た景色は想像とは全く違っていた。

「凄惨なジェノサイドから17年経ったルワンダは、もちろん大小様々な問題はありながらも、アフリカのシンガポールと言われるぐらい平和な国になっていたんです。ただ、折角アフリカまで来たんだからと帰り道、経由地のケニアに寄り道することにしました。そこで目にしたのがソマリアからの移民・難民が多い地区でした。連れていってくれたケニア人ドライバーは『あいつらはクソで、少しでも目を離すと車を盗まれる』と嫌悪感むき出しでした。

ソマリアのテロリストの脱過激化を目指す講習の様子 永井さん提供

 それがきっかけでソマリアという4文字を検索してみたら、ちょうど当時、ソマリア国内で『比類なき人類の悲劇』と国連から称されるほどの大変な紛争が起きており、自分が向き合うべきはこの国だと決めたのです。それこそ日本も東日本大震災でとんでもないことになっていたのですが、世界中が祈ってくれる日本と、誰も祈りもしないソマリアのコントラストにも納得がいかず、『ならば自分がやろう』となりました」

 ソマリアはアフリカの東海岸部に位置する人口1600万人程の国だ。地理的な問題から慢性的な飢餓や干ばつが起きるのに加え、1991年以降は対立政党の諍いに端を発した内戦が続いている。そんな背景から、国内ではテロと虐殺が頻発していた。

「ソマリアを救うにはどうすればよいのか」と大人たちに聞くと…

 帰国すると早速、ソマリアを救うにはどうすればよいのか、大人たちの話を聞いて回った。大学教授、日本国内のNPO法人、国際機関…。だが、一介の大学1年生に突きつけられたのは、国際協力というムラに高くそびえ立つ“縦社会”の壁だった。

ソマリアのテロリストの脱過激化を目指す講習の様子 永井さん提供

「まず言われたのは『君、ただの英語もできない大学1年生だよね?』ということ。もらったアドバイスは『最低限の語学力と修士号レベルの専門性と10年くらいの経験が必要』だとか『安全な開発途上国で経験を積みなさい』ということでした。

 まさに今、ソマリアで人が死んでいるのを止めたいと言っているのに『あと10年待て』と言われても、全く納得できなかったです。それに、語学力・専門性・経験という3つがあったとしても、大人は結局みんな『危険だ』と言ってやらない。そうであれば、結局のところ意志というか、姿勢や気概こそが一番大切だと、ガキなりに腹を括りました」

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