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「お家騒動」と吉本興業の「民主化」

 しかし、時は流れ、歴史が動いた。2007年、突如として、吉本内部で「お家騒動」が巻き起こった。正之助の娘である林マサと当時の経営陣が、週刊誌を舞台に激しく対立したのである。創業家vs経営陣の争いは、数々の芸人を巻き込んだ刑事事件にまで発展し、泥沼化していった。最終的には、2009年に林マサが亡くなり、翌年には吉本が仕掛けたTOBによる上場廃止が成功して、騒動は収束した。マサの息子であり正之助の孫の林正樹も、同年5月に吉本を退社している。創業家の影響力は完全に排除された。これ以後、創業家が再び実権を握ることはまず無いだろう。

昭和吉本芸人の代表格 横山エンタツ・花菱アチャコ ©時事通信社

 2015年、現社長である大﨑洋は、一連の騒動に関して、次のように語っている。

「先に手をあげてきたんは、あっちでしたからね。僕らは吉本のために守りに守ったということです。そしたら、いつの間にかあっちが自滅してしまはったんです」(増田晶文『吉本興業の正体』)

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 数々の犠牲を払って、吉本興業の「民主化」が達成されたのである。そして、新しい「正史」の編纂が始まった。

なぜ「セニョール東野」の写真なのか?

『百五年史』は、創業から現在に至るまでの「通史」の部分と、多彩な執筆陣からなる62本の「特別寄稿」などから構成されている。貴重な写真もふんだんに掲載されており、資料的な価値も高い。何より、当時のチラシや名簿にあたりながらの歴史叙述からは、執筆陣の正確を期す意気込みが伝わってくる。学術的な観点では、創業からしばらくの間、「吉本興業」ではなく「芦辺合名社」などを名乗っていたと明らかにしたことが大きい。もちろん、「花月」初登場の時期も修正されている。

ダウンタウンの松本人志と浜田雅功 ©文藝春秋

 全体を通して言えば、創業家中心ではなく、多くの社員の協力があって発展してきたという書き方をしていることが印象的だ。特に、創業家以外から社長になった人物がどのような貢献をしたのかについて、しっかり書き込まれている。所属タレントの写真も人気者だけを掲載するのではなく、網羅的だ。特に昔の写真を眺めるのは楽しく、漫才コンビ時代の辻本茂雄、なるみ、小籔千豊らが、さらりと掲載されている。あと、若い頃の東野幸治の写真が、なぜか「セニョール東野」になっていることなど、興味がつきない。巻頭の挨拶の中に、「陰の功労者」を称える言葉があるように、多くの人に光を当てる「正史」だと言えるだろう。

写真も充実。ファンにはたまらない社史