「そんな不真面目な格好で入っては困る」と止められ…
閣下はデビュー半年後の1986年3月、世仮の大学を卒業した。卒業式にも悪魔の姿で出席したが、変身に手間取って遅刻したあげく、会場で大学職員から「そんな不真面目な格好で入っては困る」と止められた。これに対し閣下が「皆の者が就職する格好で式に臨んでいる。吾輩も仕事の格好で来ておるのに不真面目とは何だ!」と一喝して、会場に入ったというのは語り草だ。
翌月には当時の人気番組『笑っていいとも!』に閣下が出演したことから、その知名度は爆発的に上がり、これを境に聖飢魔Ⅱの大教典の売上も10万枚単位で上昇、黒ミサ(コンサートの形をとった集会)全国ツアーのチケットも軒並み完売となる。
聖飢魔Ⅱはデビュー当初から「老若男女を問わず楽しめるヘヴィメタ・バンド」を標榜し、実際、信者には若い世代のみならず主婦層なども取り込んだ。ステージはさまざまな演出で楽しませつつも、音楽には真面目に取り組んでいるという自負を持ち、当時の記事では閣下が《誤解しないでもらいたい。我々は“色物”ではない》と強調していた(『Emma』1986年3月10日号)。
「地球征服」を完了して解散
だが、ヘヴィメタ業界は閣下に言わせると閉鎖的で保守性が強く、「あんなのヘヴィメタじゃねえよ!」といった声を浴びせる人もたくさんいたという。それでも聖飢魔Ⅱは一般には高い知名度を誇り、1989年にはNHKの紅白歌合戦に初出場する。90年代に入ると海外でもあいついで黒ミサを開催し、1999年、かねて予告していたとおり地球征服を完了させ、解散した。同年をもって「魔暦元年」を迎え、閣下はソロ活動に入る。
だが、それから数年後、アーティストとしての活動に色々と疑問を抱くようになる。閣下としてみれば、聖飢魔Ⅱ時代から一貫して、音楽を通じて問題提起のメッセージを社会に届けていたつもりだった。だが、思ったような反応を得られず、そうした送り手と受け手のずれを感じるうち、ついに我慢が限界を迎え、デーモンとしての活動をすべてやめようと思い立ったという。