「推測ですが、(心停止の原因は)広範囲の腹膜炎で循環血液量の減少性ショックに陥ったか、敗血症だった可能性もあります。だとすれば、入院後の血圧や心拍数、尿量の推移などで、異常事態に気づくこともできたでしょう」(福家名誉教授)
現代の高度医療は、ICUと集中治療専門医がいて成り立つ
女子医大病院のICUは、集中治療科に常勤の専門医10人が、年間3000人を超す重症患者に対応していた。特に心臓や肝臓などの移植手術を受けた患者の高度な管理では、日本屈指の症例数を持っていた。しかし、現在では集中治療科に常勤する専門医はたった1人になり、ICUは各診療科の外科医らが手術を担当した患者の管理を行う状況が続く。
福家名誉教授は、胸腔ドレナージのミスと集中治療専門医不在に、直接の因果関係は認められないとする一方で、ICUの存在意義については、次のように解説する。
「ICUで管理する患者は生命の危機に瀕しているケースが多く、わずかな変化が致命的になるので、24時間体制で集中治療に専従する医師が必要です。人工呼吸器の管理技術も、集中治療専門医と非専門医では全然違います。
ICUの『I』は集中的な(intensive)という意味です。外科医などの非専門医が外来や手術、検査などの合間に時々(intermittent)きて患者を診るのは、ICUとはいえません。現代の高度医療は、ICUと集中治療専門医がいてこそ成り立つので、大学病院で集中治療専門医が1人しかいないということは、高度医療として成り立たないでしょう」
福家名誉教授によると、病理解剖を行えば、胸腔ドレナージによって、大血管、心臓、肺など、どこを損傷したのか、明確に判明するという。だが、女子医大病院は病理解剖を行わず、通称Ai(Autopsy imaging)と呼ばれる、死亡時画像診断だけにとどめたとされる。
「ご遺族は解剖を希望していた」
こうした状況について、女子医大の医師らはこう述べた。
「事情を知る先生(医師)から、『ご遺族は解剖を希望していた』と聞いていますので、なぜAiだけだったのか不可解です。同じような死亡事故を繰り返さないためにも、病理解剖をさせていただいて情報を共有すべきでした」(医師B)
「死亡事故の根本的な原因は、患者の命を軽視した大学の経営姿勢にあると思います。しかし箝口令が敷かれている為、病院内でも死亡事故の件を知っているのは、ごく一部しかいません」(医師C)
基本的な安全体制が欠落したまま死亡事故を起こした責任について、女子医大の岩本絹子理事長ら経営陣に対して質問状を送付したが、期限までに回答はなかった。
重大な医療ミスについて、説明責任すら果たそうとしない姿勢は、社会通念を逸脱しているのではないか。ICUで集中治療の専門医が対応していれば、命を失わずに済んだかもしれない男性に対して、心から哀悼の意を捧げたい。
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