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単独登山の定義

 だが、今回のエベレストの布陣はその比ではない。

 真っ白い壁面をたった一人で登る栗城さん……その姿を撮影するために、陰ではたくさんの人間が「隊」を成して支えている。

 これを「単独」と呼んでいいのだろうか……。

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©AFLO

 単独登山とは何か?

 結論から言うと、実は明確な定義がない。「単独」の解釈は登山家によってマチマチなのだ。

 登山界には「国際山岳連盟(UIAA)」という各国の登山団体が加盟する国際組織がある。しかし、日本ヒマラヤ協会の大内倫文さんによれば、これはたとえばIOC(国際オリンピック委員会)のように「定義」や「ルール」を取り決める組織ではないという。親睦を目的としたサロン的な団体にすぎないのだ。

「単独」が一人で登ることを指すのは当然だとしても、たとえば他の登山隊が山に残したザイルやハシゴにはどう対処したらよいのか?

 高名なイギリスの登山家、アリソン・ハーグリーブス氏(1962~1995年)は、自分で張ったロープしか使わないのはもちろんのこと、他の隊から勧められた茶さえも断ったという。登山界では有名なエピソードだ。

 ハーグリーブス氏は1995年5月、エベレストに単独無酸素で登頂を果たした。メスナー氏に次いで史上2人目、女性としては初の快挙だったが、「無酸素」は間違いないとしても「単独」と認定するかどうかについて登山界には議論がある。氏が登ったのは春のハイシーズンで、必然的に他の隊が踏み固めた跡を登ることになるからだ。また、彼女が挑戦したチベット側のルートだと頂上の手前250メートルにある難所「セカンド・ステップ」に取り付けられたハシゴを登らずには、山頂にたどり着けないのだ。

登山にも明快な定義と厳格なルールは必要

 翻って、栗城さんの登山スタイルはどうか?

 初めての海外登山だったマッキンリーで、台湾の登山者から手渡されたスキムミルクを躊躇なく受け取っている。ザイルもハシゴも、そこにあるものは何でも積極的に使った。

 2008年のマナスルでは、下山中、外国の隊が残していったテントで夜を明かした。2009年のダウラギリでは、他の隊が深い雪を先にラッセル(雪をかき分けて進むこと)してくれないかと、テントの中からしばらく様子をうかがっている。単独を謳いながら、誰かにルートを作ってほしい、と願っているのだ。

 登山は本来、人に見せることを前提としていない。素人が書くのはおこがましいが、山という非日常の世界で繰り広げられる内面的で文学的な営みのようにも感じられる。

 しかし明快な定義と厳格なルールは必要だと、私は考える。登山はどのスポーツよりも死に至る確率が高い。そのルールが曖昧というのは、競技者(登山者)の命を守るという観点からも疑問がある。また登山界の外にいる人たちに情報を発信する際に、定義という「基準」がなければ、誰のどんな山行が評価に値するのか皆目わからない。