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やられたらやり返すのではなく、いずれ来る別れをどう迎えるか

『Chance!!』の評判は協力雇用主と受刑者に口コミで広がり、最新号が出るたびに厚みを増しながら継続。編集未経験でおぼつかなかった技術も向上し、エンタメ要素まで備えた雑誌になった。媒体としてのユニークさもさることながら、公的機関がなしえなかった方法で受刑者の社会復帰を支援する三宅自身も注目の存在となっている。

「私ね、どうしたらいいかわからなくなると相談するんですよ。夜中に電話して泣きながら愚痴ったり、迷惑かけてばかりなの。でも、彼女は私が喋り疲れるまで、納得するまで、電話を切らずに何時間でも聞いてくれる」

 廣瀬は、よほどのことがないかぎりは社員の前で涙を見せないようにしている。でも、タフな社長にも泣きたい夜はある。弱い部分をさらけ出し、救いを求めたいときがある。

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「たとえばね……、私は社員に期待しすぎて、一緒にずっと会社を盛り上げていけるんじゃないかと錯覚を起こしがちだった。それで急にやめたり、裏切られたりすると、心が病んでしまう。そういう話をしたときに、なぐさめてくれるだけでも嬉しいですよね。

 でも、三宅さんは『がんばって』なんて言わないのよ。それは違う、やられたらやり返すんじゃなくて、いずれはくる別れをどう迎えるかが問題だよと言うのよ。『別れるとき、どんなに理不尽なことをされても、笑顔で見送ることを私は徹底している。それがカッコいい女だ』と。実際、見てると実践しているからね。そういうひと言が胸に響くことが多くて真似させてもらってます」

包丁振りまわしたら、私は刃を握る

『Chance!!』の応募者には、廣瀬が自ら面会に出向き、問題がないと思えれば出所後の雇用について仮契約を結ぶ。出所のタイミングは受刑者ごとに違うので、いつからでも受け入れられるのが、建設業などかぎられた業種に協力雇用主が集中する理由だ。

 しかし当初は、出所者雇い入れ実績がない大伸には、保護観察所などから待ったがかかった。ちゃんと面倒を見られるのか、身元引受人として適切なのか。会社の状況をチェックするためにきた保護観察官にダメ出しをされ、採用不可にされてしまったのである。

 保護観察所は、犯罪をした人や非行のある少年が社会の中で更生するように、指導(指導監督)と支援(補導援護)を行う機関。地方裁判所の管轄区域ごとに置かれ、全国に50カ所(各都府県一カ所・北海道は4カ所)ある。

 保護観察官は全国に約1000人いるが、それだけでは間に合わないので、民間ボランティアである全国約4万8000人の保護司と協働して、少年院仮出所者と成人の仮釈放者の立ち直りを助けるのだ。雇い入れる企業が、仮出所者や仮釈放者にふさわしいところかどうかを見極めることも彼らの役割のひとつである。

 採用不可にされたときは、どういうことかと尋ねても教えてもらえずいら立ったが、いまとなっては実績のない会社に慎重な対応をするのはいいことだと考え方が変わった。甘い考えで協力雇用主となり、すぐ解雇してしまうなど責任を放棄する企業が後を絶たないからである。

 ようやく受け入れることを許されたのは、乳児院と養護施設で育つ間に数多くの問題を起こし、出所しても、どこの更生保護施設からも受け入れ拒否され、行く当てのない高野(仮名)という10代の男性。応募を受けて受け入れの意思を示すと、保護観察所の係員は廣瀬が女だからか、やや見下した態度で皮肉を言った。

「廣瀬さん、あの子は今回、包丁を振りまわして捕まっているんだけど、そういうことをしたらあなたはどうしますか」