そこに映し出されるだけで、スクリーン全体を支配するかのような圧力を放つ、役者たちの重厚感。これこそ、かつての日本映画を観る際の大きな楽しみである。昨今の映画やテレビドラマからはそうした重みを感じることは無くなっただけに、なおのことだ。
今回取り上げる『事件』は、その最たるところといえる。
舞台は神奈川県の厚木。スナック経営者の女性(松坂慶子)の刺殺体が発見され、その妹(大竹しのぶ)の同棲相手の若者(永島敏行)が逮捕される。若者は犯行を認めたものの、殺意は否認していた。
彼に殺意はあったのか否かをめぐる裁判を軸に物語は展開していく。そのため、上映時間の半分近くを公判シーンが占める。法廷はカメラをあまり動かせず、アングルにも限りがある。そのため、画のバリエーションは少ない。そうした中で迫力と緊張感をもたらすために、頼りになるのは役者たちの芝居だ。
その点が、本作は完璧だった。大竹を筆頭に、渡瀬恒彦、西村晃、北林谷栄、森繁久彌といった証言台に立つ面々はそれぞれに特性を発揮した濃厚な演技を繰り広げる一方、傍聴席にいる佐野浅夫、山本圭、穂積隆信もそれとなく濃いリアクションを見せつける。
そして、なんといっても公判の主役となる三人が素晴らしい。裁判長に佐分利信、弁護士に丹波哲郎、検事に芦田伸介。重量級の名優たちが、重厚感あふれる芝居をするので、全く飽きさせないのだ。
まずは冒頭陳述。つまり検事のターンだ。ここでは、なんと十分以上にわたり芦田が事件の概要を読み上げ続ける。
それだけ聞くと、退屈で眠くなるのではと不安に思う方もいるかもしれないが、心配ご無用。感情を排しつつも、突きつけてくるような圧をもって迫る怜悧な口調が見事で、ひたすら引き込まれていく。
そして、次は弁護士のターン。証人尋問だ。厳然とした姿勢を保ちつつ、切れ味鋭い口調で質問をテンポよくぶつけながら、証人たちの矛盾を突く。この際の丹波による朗々とした口調がこれまた強烈な圧を放ち、一気に場の空気を自身の世界に染め上げる。
そして、双方は激しく異議の応酬を繰り広げるのだが、それをジャッジしていく裁判長が、またいい。時に異議を認め、時に退け、時には認めつつも「もう少しお聞きになってはいかがですか」「それは裁判所も聞いてみたいと思います」とうながし、徹底して公正な立場を貫く。
これを演じる佐分利が圧巻だ。丹波・芦田をも凌ぐ圧を放ってくる重みが、その判断に信頼感と説得力を与え、この場の真の支配者が誰であるかを観る側に伝えてくる。