緊急入院で降板、結婚の破談…三石の波乱万丈の人生
声優の三石琴乃は今年3月、声優人生を振り返るエッセイ『ことのは』を上梓している。その中にはもちろん、当時の「セーラームーン』を語る上で避けて通れない、緊急入院による初期の降板劇も語られている。
セーラームーン最初のシーズンの最終盤、穿孔性卵巣嚢腫による緊急入院の事態に陥り、最も重要な時期に降板せざるを得なくなったこと。卵巣の片方を摘出する手術と療養の中で、決まっていた結婚が破談になったことが『ことのは』の中で回顧されている。
だがそれは今、別のパートナーと結婚し、21世紀に入って母親となった三石琴乃が語る静かな回顧だ。1995年に出版された最初のエッセイ『月 星 太陽』の中、月刊『ニュータイプ』での連載の再収録とは別に書き下ろされた「入院日記 302万4000秒ノホントノコトノ」では、20代の三石琴乃が叩きつけるように吐き出す言葉が収録されている。
そこには仮名ながら相手の男性との心のすれ違いや離別、相手の母親の言葉による傷つき、1993年5月30日、セーラームーン人気が爆発した直後に、本来は結婚式を挙げる予定であった日時までそこに告白される。
今では古書でしか手に入らず、電子書籍化もされていないのには、あまりにもそれが生々しく、今の言葉で静かに語り直したいという思いもあるのかもしれない。そこに書かれていることのすべての直接の引用は避けるが、「自分は古い人間だから妻には家にいてほしい」という担当医の言葉に「ずるいよ。それってエゴ。仕事でがんばってきた女性の立場はどうなっちゃうの?」と独白し、交際相手の母親の言葉に「わたしは、赤ちゃんを産むためにだけ、存在してるんじゃありません」と傷つく告白は、交際相手の存在すら騒動になる当時アイドル声優ブームの中にいた若い女性声優が語る言葉として、異例なほどに剥き出しの「ホントノ」言葉たちだ。
302万4000秒。それはセーラームーンの放映期間中に現場を離れた5週間、3週間の入院と2週間の療養を秒に換算した数字だ。
「女性であることの痛み」を抱えた葛城ミサト
最新エッセイ『ことのは』には庵野秀明がコメントを寄せている。短いながらもそこで明かされるのは、『セーラームーンR』収録後の居酒屋で「座敷で一人体育座りをして飲み会の場から浮いていた(庵野)」三石琴乃の姿にモチーフを得て『新世紀エヴァンゲリオン』最初のTVシリーズのOPムービーに映る葛城ミサトの姿が造形された逸話だ。
「誰かが話しかけるとうさぎちゃんみたく明るくなり、話が終わった瞬間に寡黙になる二面性がいいなと思いました(庵野)」と語る通り、膝をかかえる葛城ミサトは、次回予告で「サービス、サービス!」と明るく奔放に語る年上のお姉さんとしての顔と、社会と組織の中で傷つく等身大の現代女性、二つの顔を持つ女性として描かれていく。
綾波レイやアスカ、そして碇シンジといった14歳の登場人物たちが象徴する少年性や少女性、そしてゲンドウたちが象徴する大人の男の冷酷な論理に対して、葛城ミサトは「女性であることの痛み」を抱えたキャラクターだ。
高橋洋子が歌う「残酷な天使のテーゼ」が流れる中、主人公碇シンジの顔にオーバーラップするように、うなだれ膝を抱えていた葛城ミサトが顔を上げるシルエットが描かれる映像は、近未来都市に生きる女性の身体と精神、孤独と喪失を描いた、作品のコンセプトを表現するシンプルで見事なアニメーションだが、庵野秀明がそのモチーフを得たのは、おそらくは心身ともに喪失を経験した三石琴乃の姿なのだ。
月野うさぎと同じ時代に演じた葛城ミサトもまた、男女双方から支持されるキャラクターになっていく。