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 昨年『その声のあなたへ』というドキュメンタリー映画が公開された。『ドラゴンボール』の神龍や『北斗の拳』のラオウを演じた声優・内海賢二の生涯と共に、日本アニメ初期の声優界を振り返る映画だ。そこでは声優界の労働環境改善を含めて、第一世代の声優たちがデモ行進をする古い映像が収められている。

 今、三石琴乃や岩男潤子たちが自分の経験について語り、同世代である緒方恵美がSNSでインボイス制度について懸念を示すのも、そうした活動を担ってきた上の世代からのバトンを受け継ぎつつあるということなのかもしれない。

アイドル声優第一世代は光も影も知っている

 マピオンニュースで受けた前田久氏のロングインタビューの中で、コロナ禍を憂う話題に触れた三石琴乃は「三石さんが、師や先輩方に学ばれて歩んでこられたように、これからは後進に伝える側に回っていくということでしょうか?」という前田氏の問いかけに「そこまで自分のことを買いかぶっていないです」と遠慮がちに答えてはいる。

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 たしかに事務所に所属しない一介のフリー俳優である立場は日本の芸能界で強くはない。だが、今やエヴァやセーラームーンはもちろん、『ワンピース』のハンコック、『名探偵コナン』の水無怜奈など、大ヒット作のほとんどに三石琴乃の演じるキャラクターがいる。「三石琴乃が出演する作品は長寿作になる」というジンクスも語られるほどだ。

 そしてアニメのみならず実写俳優としても『リコカツ』を経て、来季の大河ドラマ『光る君へ』の出演が控えている。昨年は『ハケンアニメ!』で高野麻里佳の出演が話題を集め、朝ドラ『らんまん』に宮野真守が出演するなど、若手声優の実写ドラマへの進出は進んでいるが、三石琴乃の大河ドラマ出演も大きな話題になるだろう。野比のび太の母親役を先輩から引き継いだように、役のみならず最年長世代の役割もまた引き継ぐことになるのではないかと思うのだ。

 美少女戦士セーラームーンは、美少女なのかそれとも戦士なのか。日本のアニメは性的消費なのか、それともエンパワメントなのか。

 その両面が混じり合う時代を生きてきた三石琴乃たちアイドル声優第一世代は、一概に断じることのできない、その光も影も知っている。

「セーラームーンの読者層の4割が男性だったことに驚いた」という当時の担当編集者小佐野氏の言葉には続きがある。21世紀にリメイクを制作した時、戻ってきたファンは9割が女性だったのだ。

 ファーストペンギンという言葉は、魚を求めてサメがいるかもしれない危険な海に飛び込む最初の一匹を表現した言葉だ。声優界のアイドル化という荒波に最初に飛び込み、今また大河ドラマに挑む三石琴乃も、いつか後に続く後輩たちのために言葉を紡ぎ始める時が来るのかもしれない。

「声帯って一番老化しにくい器官らしいんです」「おばあちゃんになるまでこの仕事を出来れば良いなと思っています」

 前出の前田久氏のインタビュー記事で三石琴乃はそう語る。何年先のことであれ、男性にも女性にも届くキャラクターを演じてきたその声が、いつかファンに向けて自分の生きた時代を語り残し、未来に向けてメッセージを語る時が来るのかもしれない。

 いつかその時、「世界で最初にセーラームーンになったうさぎ」が語り始める言葉には、おそらく世界中に仲間を増やした月野うさぎたちが声をあげて答え、あらゆる世代の葛城ミサトが微笑んで頷くことだろう。