ショッキングなタイトルである。各章の題名も「『中国』の捏造」、「『主権』の捏造」、「『漢民族』の捏造」、「『中国史』の捏造」、「『中華民族』の捏造」、「『中国語』の捏造」、「『領土』の捏造」、「『領海』の捏造」と並ぶ。ただし英語原題はThe Invention of China、章題もすべてinventionであり、より穏やかに訳せば「チャイナという国の創製」だろう。英国の歴史家ホブズボウムとレンジャーの共編になるThe Invention of Tradition(邦題は『創られた伝統』)を意識したのかもしれない。
私たちがふだん意識せずに使う「中国」は、もともと国名ではなかった。たしかに中国ということばはあったが、それは普通名詞として「世界の中央にある国」の意味であり、日本も『古事記』で葦原中国(あしはらのなかつくに)と自称している。1940年代までの日本では、かの国を支那と呼ぶのがふつうだった(この語にもともと蔑視の意味はない)。
著者は上に列記した一群のことばが20世紀の“中国”でどのように創られていったかを、英語の論著を博捜して記述していく。本書であまり強調されていないけれど、じつはこれらのことばの多くは日本製であり、本書で活躍する梁啓超(りょうけいちょう)・章炳麟(しょうへいりん)・孫文たちが持ち帰ったものだった。つまり他人事でなく、われらが「日本国」も近代に創製されたのである。明治時代までは日本民族も日本史も日本語も、そして日本の領土・領海も、この世に存在していなかったのだ。
本書最終章は「中国の夢」と題される。習近平の愛用語だ。著者は「それは一九三〇年代から続く夢」で、「一世紀前の非常に特殊な状況下で生み出され、ヨーロッパでは今や廃(すた)れてしまったヨーロッパ発祥の概念の影響を受けた歴史観を基に築かれている」と結論する。習の常套句「中華民族の偉大な復興」というスローガンは、西洋近代のナショナリズムが東アジアに産み落とした鬼子であり、「そのゆがんだ歴史認識」が台湾海峡や南シナ海での国際的な緊張をもたらしている。本書は尖閣諸島に言及しないが、「捏造」による歴史を根拠にして「領土の現状変更に専念しているような国が信用されることはないだろう」。
近年流行しているヘイト本とはまったく異質な、学術研究の最新成果にもとづく実証的な中身で、読み応えがある。いまの“中国”を知るのに役立つ本であり、仕事で“中国”に赴任する人の必読書といえる。ただし本書を携帯して行くと入国時に没収され、尋問を受けるかもしれないので注意されたい。
本書で言及される日本人の研究が英語で刊行されたものだけなのは、しかたないとはいえ、いささか残念だ。興味をもった読者は、日本の研究者たちが日本語で書いた“中国”近代史の本もぜひ手に取っていただきたい。
Bill Hayton/英国のシンクタンク王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)のアジア太平洋プログラム研究員、BBCワールドニュースのジャーナリスト。著書に『南シナ海』などがある。
こじまつよし/1962年、群馬県生まれ。東京大学文学部教授。専門は中国思想史。著書に『中国思想と宗教の奔流』『儒教の歴史』など。