『ティラノサウルス解体新書』(小林快次 著)講談社

「大阪市の広さの面積に住んでいた、ティラノサウルスの数は2頭」

 アメリカで発表されたある研究によると、白亜紀後期にティラノサウルスは常時2万頭ほど存在し、生活したエリアの総面積と比較すると、このくらいの人口密度ならぬ、ティラノサウルス密度になるらしい。

 もっとも、過去のあらゆる時代を遡っても、大阪市にティラノサウルスは存在しない。そもそも、日本にティラノサウルスはいない。恐竜界最大のスターでもある、この肉食恐竜は現時点では北米でしかその化石が発見されていないからだ。

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 なぜか? それはティラノサウルスの祖先がアジアから北米大陸の間を数千万年かけて移動し続け、その過程で巨大化した最終進化系がティラノサウルスだからだ。そして、次の進化の姿を誰にも知らせることなく、ティラノサウルスは他の恐竜とともに絶滅する。

 長き恐竜の歴史において、ティラノサウルスが存在した時間は、野球にたとえるなら、まさに9回裏の最後の一球にだけバッターボックスに立ったピンチヒッター――、それくらい一瞬の登場だった。しかし、ご存知のとおりティラノサウルスは他のどんな恐竜よりも有名で人気がある。本書はそのティラノサウルス研究の最前線をあますところなく伝える一冊だ。

 著者の小林快次氏とは、これまで二度お会いしたことがある。

 一度目はカムイサウルスの全身骨格が発見されたいきさつを記した『ザ・パーフェクト』の刊行記念イベントにて。当時、恐竜が登場する小説を構想中だった私は、この本に大いに刺激を受け、刊行イベントに参加し、読者として小林さんのサインをいただいた。自分もサイン会をする身なので、名前を書いてもらう十数秒が格好の質問タイムであることは知っている。ゆえに勇気を振り絞り、

「もしも、白亜紀にタイムスリップできたなら、どの恐竜に会いたいですか?」

 と訊ねてみた。

「ティラノサウルスですね」

 即答であった。

 二度目の出会いは、それから3年後のこと。まさに恐竜が登場する小説を執筆中に、小林さんとの対談の仕事が舞いこんだ。そのとき、過去のイベントでこんな質問をしました、と打ち明けると、

「今は違いますね」

 と小林さんはふたたび即答した。

「ティラノサウルスは嗅覚がすごいから、会ったらやられます。とても危険です」

 3年の間に、CTスキャンによる頭骨の調査が進み、嗅覚が特に発達していたことが判明したのだ。最新の研究成果によって専門家の認識が変化していくことを肌で感じた一瞬だった。

 様々な分野の研究者が連携しながら進めるティラノサウルス研究の内訳を、今日も最前線に立つ著者自らが紹介してくれる。こんなぜいたくな本はない。

こばやしよしつぐ/1971年、福井県生まれ。北海道大学総合博物館教授、同館副館長。デイノケイルスの全身骨格の発掘調査や、「カムイサウルス」など日本の恐竜の発掘、命名に携わった。著書に『ぼくは恐竜探検家!』『恐竜まみれ』などがある。
 

まきめまなぶ/1976年、大阪府生まれ。作家。近著に『ヒトコブラクダ層ぜっと』『あの子とQ』、エッセイ集『べらぼうくん』など。