「当たった」「コケた」をすぐには判断できないワケ
ブラック・アリエルをめぐる議論は混迷をきわめた。製作費が高いこともあって、大成功を遂げたとも、大コケしたとも言いづらい。そこで浮上したキーワードは「損益分岐点」。5億6000万ドル以上と目される黒字ラインが達成できるのか、白熱のディベートが交わされている。
映画の興行収入の予想や議論は、ひとつのファンカルチャーとなっている。一方、こうしたコミュニティの「当たった」「コケた」認定への苦言も出ている。
投資家のショーン・ニーベリは「興行収入で成功をはかるのはやめるべき」 と提言した。ディズニー社の強みとは、グッズ販売やテーマパークを含めたエコサイクルである。『リトル・マーメイド』の場合、巨大市場たる米国のおもちゃ売上が好調で、サウンドトラックは旧作のチャート記録を超え、パークイベントも話題になっている。
もちろんチケット売上がいいに越したことはないが、製作費が高かったのは、映画以外の部門への経済波及効果を踏まえてのことかもしれない。ニーベリいわく、劇場映画の成否判断には長い時間がかかる。わかりやすい数字に飛びついて即座に勝敗を決めたがるSNS文化とは対極の作業だという。
明るい話題もある。若くして政治闘争に巻き込まれ、バッシングに晒されてしまったハリー・ベイリーの幸先はよさそうだ。今作の演技でアワードの有力候補と予想されているだけでなく、アカデミー賞が期待されるミュージカル映画『カラーパープル』 にも出演している(日本では2024年に公開予定)。
「自分のアリエルを好まない人も尊重する」 姿勢を明かしていた彼女は、演技によって誰かになにかを感じとってもらえたら「それだけで幸せ」だと語っていた。政治やビジネスの議論があふれるなか、ベイリーの言葉こそ、真摯に聞くべきものかもしれない。
「黒人分離政策のもと生きてきた80代の祖父母の話を聞くと、自分が世界で一番ラッキーな子に思えてくるんです。先祖が受けた苦しみに比べれば、私に対する憎悪はなんともありません」 。