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「角」を2枚送り込み、王手をかけられたが…

 さて局面に戻る。藤井は角桂取りに銀を成って攻め駒へのプレッシャーをかけたが、ここで渡辺は巧みに攻めをつなぐ。角を切って取った銀を角と成銀両取りに打ち、桂も取らせて飛車を走ったのがうまい手順。

 ここで後手は角を逃げていると、飛車で横歩を取る手が成銀取りになる。また、持ち駒の銀と桂の使い道も多い。そして、菊水矢倉が堅く、まさに渡辺得意の「堅い、攻めてる、切れない」将棋だ。

「藤井さんの成銀が、いないほうがいい駒になってしまっていますね。角桂と銀の交換で、駒損で指しにくいのに、さすがは渡辺さんです」(戸辺)

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 藤井の辛そうな表情がモニターに映る。何度も水を飲む。席を立つ回数も多い。

 傍目には局面も体調も厳しく見えた。さすがの藤井でも本局は無理だろうと、私は思っていた。駒台に2枚ある「藤井の桂」も、使う機会も打つマス目もないしなあ。

 だが、私は大切なことを忘れていた。藤井にはもう一つ大きな武器があった。それは「角」だ。

 △4六角と持ち駒の角を打ち、成銀にひもをつけつつ先手の飛車に当てた。さらには△6六角と金の頭に飛び出したのが強烈な勝負手。角の位置エネルギーは中央にいるときが最大になる。藤井は、そのエリアに角を2枚とも送り込んだのだ。

 一見、金で角を取って渡辺がよさそうだが、そのとき後手は歩で玉頭の飛車を追い払ってから6筋後方に控える飛車で金を取る手があり、簡単ではない。上部を守る金がいなくなっては、渡辺玉も危険になる。

 控室では皆で寄ってたかってつついたが、

「よさそうだけど、簡単じゃないね」(田中寅)

「スッキリしませんね」(高見)

 と声があがる。

控室で検討する(左から順に)田中寅彦九段、勝又清和七段、高見泰地七段、齋藤光寿三段 ©勝又清和

 渡辺が盤面を鋭く睨む。扇子を両手で握っているが、強く握っているのか、腕の筋が浮き上がっている。やがて本局最長の86分の長考の末、桂で王手をかけた。玉が横に逃げたら、そこで角を取るつもりだ。

 だが、藤井は横ではなく、先手の攻め駒が集まる危険そうな上部に玉を逃げた。渡辺はさらに斜め下から銀で王手する。ここで玉で桂を取ると、うまい手順があって寄ることがわかった。

 ところがモニターを見ると、藤井の様子が変わっていた。自信なさげな雰囲気は消えている。いつもの藤井に戻っている。藤井は22分の考慮で王手された銀を金で取り、歩を打って飛車の利きを止める。

 ここから盤上で大事件が発生した――。

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