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藤井の世界についていくのは本当に大変だ…

 2023年6月1日、藤井聡太は20歳10ヶ月で史上最年少の名人となった。

 渡辺は、いつもどおりハキハキと感想戦を行った。「角どっか逃げるかと思ったんで。そうかこうやってバランスを取るのか」と△4六角~△6六角を軽視していたことを正直に認め、「第一感は角を取る手だったけど、丸い駒でアタックしてきたので取るのはちょっとなあと思っていたので、(桂の王手を)利かしてから取ろうとしたのがよくなかったか」。

 あとで私が藤井に聞いたところによると、△6六角の局面は先手に手段が多く、読み切れていないものの悪いと思っていたという。

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 そして、感想戦でも「藤井の桂」は大暴れした。6六角を取った場合の変化では、飛車を見捨てて桂を打つ手を示し、「桂はまったく考えてないですね」と、渡辺を驚かせた(藤井は、もしその局面になったら改めて考えるつもりだったと感想戦後にも言っていた)。

 飛車を捕まえるために歩ではなく妙なところに桂を打つ手つきをしてしたときには、私は思わず声を上げそうになった。いや、高見と戸辺も、見ていた皆が驚いた。藤井の桂は他とは使い方が違う。タイミングが違い、打つマス目が違う。藤井の世界についていくのは本当に大変だなあ……。

©文藝春秋

 だんだんと駒を動かさない恒例の口頭感想戦になっていった。藤井は扇子をクルクルさせながら早口で話し、渡辺は駒を軽く空打ちしながら瞬時に理解して返事をする。笑っているんですけど、とても楽しそうなんですけど、会話がはずんでいるようなんですけど、だけど、駒を動かしてくれないので、何を言っているのかさっぱりわからない。15分以上も口頭だけで感想戦を行い、最後に「いずれにせよ、この局面は(角を)取るべきでしたね」と渡辺が言って締めくくった。

感想戦でも素晴らしかった敗者の振る舞い

 裏話をすると、取材陣が多すぎて部屋に入りきれず、撮影は何人かに分かれての交代制となっていた。なので立会人の田中寅彦九段は「感想戦が早く終わってしまったらどうしようか」と心配していたが、それは杞憂となった。おそらく渡辺は藤井が感想戦に集中できるよう気を使って話を振り、正直に読みを披露し、取材陣が全員撮影できるように時間を引き伸ばした。最後の最後まで振る舞いが素晴らしかった。

 感想戦終了後、私は高見に「渡辺さん、きちんと感想戦をしたねえ」と話しかけると「渡辺先生は気持ちの切り替えが早いですよね。流石ですよね」と、尊敬の眼差しで答えた。高見が奨励会に入会した18年前、渡辺はすでに竜王だった。高見はずっと正座を崩さず、感想戦を見守っていた。タイトルを19年間保持、竜王9連覇と棋王10連覇による2つの永世称号。通算タイトル獲得数は31期で歴代4位となる。必ず、必ず渡辺はタイトル戦に帰ってくるだろう。