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最後の一手で藤井の手も震えるのか?

 92手目、藤井は本局で初めて、持ち駒の桂を手に取った。そして打ち下ろしたのは端ではなく8六だった。「ええっ、そっち!」と声があがる。やがてこの手が決め手であることに気がつき、皆の表情が驚きから感嘆に変わる。

 またしても見ている世界が違っていたことを思い知らされる。違うのはどこなのか。彼の中で将棋はどのような構造をもって見えているのか。

 渡辺が何度も天井を眺める。やがて丁寧な手付きで桂を取った。私は次の一手の藤井の手付きに注目していた。1983年6月15日、21歳の谷川浩司は名人を決める最後の銀打の王手のとき、手がふるえて、マス目に入らず、駒が斜めになった。さあ、果たして藤井の手も震えるのか?と、わずかに期待してモニターを見る。しかし、やはり彼はいつもどおりの手付きで△8七銀と指した。すぐに渡辺がハッキリした声で「負けました」と頭を下げた。

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 銀を取ると、2枚の角を捨てて19手詰めとなるのだが、渡辺はこのままで終わらせることに決めた。どこで投了するかを決めるのは敗者の権利だ。かくして美しい投了図となった。美しいままにするため、あえて2枚の角を残したようにも思える。

©文藝春秋

名人奪取の記念にふさわしいきれいな終局図

 大盤解説を行った斎藤はこう語る。

「端に桂を捨てるのが一般的な寄せですねと解説したんですが、角を抜かれたあと、なかなか詰ませることができなくて。そしたら△8六桂と打たれて驚きました。すぐには解説できず、3分位考えて、ようやく銀を打つ手を発見して、これで必至ですと解説したら、なぜか私がお客さんから拍手をもらいまして(笑)、なんとか面目は保ったという感じです。藤井さんの将棋は解説するのが大変で、プレッシャーをかけられるというか、解説者泣かせというか。

 とても鮮やかな決め方でしたね。谷川先生が名人を取られたとき、終局図がプリントされたタオルやマグカップが作られたと記憶していますが、この将棋もそうなるかと思います。

 なので、『藤井さんの記念の1局ですし、それにふさわしいきれいな終局図です。是非とも大盤の写真を撮ってください』とお客さんにお伝えしました。

 対局場所からは遠く離れた場所での解説会でしたが、対局の臨場感をお客さんにお伝えできたかと思いますし、また、盛り上がっていました」