カタールW杯のドイツ戦で、劇的な決勝ゴールを挙げた浅野拓磨。しかし、あのゴールを決めるまでには、幾多の試練があった。ロシアW杯での代表落選、世間から忘れかけられたセルビア移籍、夜逃げ同然の契約解除、念願の大会直前に負った大ケガ……。彼は次々と降りかかる困難にどのように立ち向かい、いかにして歓喜の瞬間にたどり着いたのか。
ここでは、浅野がW杯でゴールを挙げるまでの4年半の奮闘を綴った著書『浅野拓磨 奇跡のゴールへの1638日』(朝日新聞出版)より一部を抜粋。カタールW杯ドイツ戦で決めた決勝ゴールを振り返る。
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「俺を見ろ、見てくれ」
2022年11月23日。ドーハのハリファ国際スタジアムは、地鳴りのような歓声に揺れた。ワールドカップ(W杯)カタール大会で日本代表は、優勝4度のドイツ代表との初戦を戦っていた。1‐1の後半38分、FW(フォワード)浅野拓磨が勝ち越しゴールを奪った。
「俺を見ろ、見てくれ」。そう願いながら、最前線で両ひざに手をついて、味方の目線が自分に向くのを待つ。
相手の最終ラインは高い、その背後に大きなスペースがある。ロングボールを蹴ってくれれば─。ボールのところにいる滉(板倉)が、なかなか僕を見てくれない。
やっと、目があった。でも、ちょっと遅い。
右へ流れるように走り出した。
それでも、ボールが出てこない。「遅い!」
直後、滉がふわりとした山なりのボールを、ピッチ右のスペースめがけて蹴った。僕が狙っていたタイミングからは、ワンテンポ、ツーテンポ遅れている。ロングパスの質も、もう少しストレート系の軌道をイメージしていた。
走り出す前に体をぶつけたドイツのDF(ディフェンダー)リュディガーはついてきていない。
たぶん、オフサイドだろうなあ。そんなことを考えながら足を動かし、ボールの行方を追って頭を上下させていた。
視界に線審の姿が入ってきた。旗は上げていない。目の端に、ベンチの仲間が映る。なんか、騒いでいる。
ボールの落ち際で、もしも相手から体を寄せられたら、外側へ、ゴールから離れる方向へトラップしよう。先に後方のカバーに入られていたら、前へのトラップを読まれているのかもしれない。ならば後ろ向きにボールを止めよう。