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「4億円の脱税容疑」で逮捕

 3月6日土曜日。その三角地帯で、ある異変が静かに進行していた。

 この日国会では、平成5年度予算案を採決するための衆議院本会議が予定されていた。自民党政府は、竹下、小沢への証人喚問や緊急経済対策の減税問題を巡って野党との折衝が難航し、苦しい審議状況が続いていた。だが、予算案が衆議院を通過すれば何とか年度内成立が見通せそうだった。

 与党議員と霞が関の官僚たちだけでなく、政治記者もそして野党議員すらもほっと一息つけるタイミングだ。例の三角地帯も、政界関係者の往来は少なく、そこに立つ記者もいない。

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 そんな緊張感が緩んだ土曜日の昼過ぎ、金丸はパレロワイヤル永田町6階の事務所を出て、目と鼻の先のキャピトル東急ホテル(現ザ・キャピトルホテル東急)に向かった。

 前日、東京地検から「確認したいことがある」と呼び出しを受けていた。東京佐川急便からの違法献金の件は決着がついたはずだ。罰金刑を受けた後は議員も辞職し、大人しくしている……。

 金丸は「たいしたことじゃないだろう。ちょっと行ってくる」と言い残してホテルに向かった。指定された部屋に行くと、東京地検特捜部の検事が待っていた。そのまま目立たないように法務省の合同庁舎に身柄を移される。そして、取り調べを受けた後の午後6時過ぎ、4億円の脱税容疑で逮捕令状が執行された。

1993年、脱税容疑で逮捕令状が執行された金丸信氏 ©文藝春秋

 引退したとはいえ政界に絶大な影響力を持った金丸の逮捕だ。東京地検は、綿密な捜査を積み重ねて容疑を固めたうえで、予算案の衆院通過直後という政府与党への影響が最小限に抑えられ、しかも政界もマスコミも一瞬気が緩む瞬間を捉えて電光石火の勝負をかけた。

 検察にとっては、前年の東京佐川急便事件の処理を巡って傷ついた威信を取り戻す意味もあった。

 竹下派のドン・金丸の後継を巡る小沢と梶山の主導権争いがその事件に絡んだ結果、東京地検は事件処理に手間取った挙げ句に金丸本人の取り調べもせず、略式起訴で罰金刑の処分を選んだ。金丸を特別扱いしたと世論に受け止められ、批判の嵐にさらされていた。

 その汚名を雪ぐため国税当局の力も借りて執念の捜査を続けていたのだ。「巨悪は眠らせない」と、疑惑には徹底した捜査で臨み、たとえ相手が元首相であっても逮捕・起訴には躊躇しない。日本最強の捜査機関としての誇りを取り戻すためにも、東京地検特捜部にとって金丸逮捕は絶対に失敗できない事件だった。