(2)については、寮を出て下宿に移るにせよ学園をやめるにせよ、親に説明しなくてはなりませんから、結局それもできなかったのだと思います。
代わりに私が選んだのは“なかったことにする”ことでした。積極的にそう考えたというより、とにかくそのことを考えないようにする。忘れたかった。すると……本当に忘れてしまったんです。
おそらくあの頃の僕は、そうしないと心の平安を保てなかった。生きていけなかった。12歳の少年にとって受け入れがたい現実で、やむを得ないことだったのです。その後、年を経て大人になり、NHKに入って記者になっても、真実の大切さを知るようになっても、42年間見事に忘れ続けていました。でも“なかったこと”にしても本当は“あった”のですから、心の奥底にずっとオリのように沈殿していたのだと思います。
精神科の産業医から言われた言葉
それから30年ほどの歳月を経て私はうつ病になり、NHKで休職していた時期があります。その頃、職場の精神科の産業医に相談したことがありました。
「何とかよくなりたいんです。カウンセリングを受けてみたいんですが、どうでしょうか?」
産業医はかなり長いこと私を診てくれて信頼できる人でした。しばらく考えた後にこう語りました。
「カウンセリングは心の奥に隠れている闇を引きずり出して、その闇と向き合うことで回復につなげようという方法です。でも相澤さんが抱えている心の闇は相当深くて巨大だと思います。それを今無理矢理引きずり出したら、相澤さんが壊れてしまうかもしれません」
自分が壊れる、自殺する恐れがあるほど巨大な闇を心に抱えているのか……慄然としました。巨大な闇とは何なのか、その時はわかりませんでしたが、後に回復して偶然のきっかけで過去の性被害を思い出した時に感じました。「きっとこれが巨大な心の闇だったんだ」と。
ジャニーズ被害者の“心の闇”
私自身そうだったように、子どもの頃に受けた性被害を長いこと人に言えないということは当然あります。それがあるきっかけ、ジャニーズ被害者の場合はジャニー喜多川氏の死とBBCの報道がきっかけとなって世間の関心がにわかに高まり、一人また一人と被害を訴えるようになりました。その気持ちもよくわかりますし、遅すぎるということはありません。彼らの訴える内容が真実ではないなどと、部外者の誰が言うことができるというのでしょうか?
被害を訴える人たちに心ない誹謗中傷を浴びせる人々がいますが、それがどれほど被害者を苦しめることになるか。巨大な“心の闇”は消えたわけではないのです。被害に向き合うことで解消しようと思ってもそう簡単にはいきません。命を絶った犠牲者の無念を思い、追い打ちをかけるようなことは決してしてほしくないと心から願います。
卒業から42年後の“還暦同窓会”
卒業から42年。当時の同級生はみな60歳に達し、先日“還暦同窓会”が開かれました。寮で一緒だった友人がさりげなく語りました。
「〇〇さん、亡くなったってよ。かなり前のことらしい」
あの先輩の名前。卒業以来初めて聞きました。心がざわっとしました。でも仮に今さら会ったとしても相手に何か言うつもりはありません。ただ“記憶”が蘇って以降「あの人どうしてるんだろう」と気になることはあったので、少し感じるものがありました。
「そうか、理由はわからないけどずいぶん早くに亡くなったんだなあ……」
胸の中でそうつぶやいた、ただそれだけです。
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【厚生労働省のサイトで紹介している主な悩み相談窓口】
▼いのちの電話 0570-783-556(午前10時~午後10時)、0120-783-556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570-064-556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120-279-338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120-279-226(24時間対応)