本番で台本を手にしたことなど一度もなかった
当時は秋元康さんが進行表を書いていたが、リハーサルで黒柳さんと交わす会話は、バンドマンのウケを狙ったシモネタや内輪話のみ。2人とも、リハーサルでのやりとりは本番では繰り返さない主義だった。一度話したことを繰り返した途端、それは段取りとなって、必ず視聴者に見抜かれる。
2013年に大ヒットしたNHK連続テレビ小説『あまちゃん』を見ていたら、往年の『ザ・ベストテン』をイメージした歌番組が一瞬登場し、黒柳さんを清水ミチコさん、僕を糸井重里さんが演じていた。テレビの中の「僕」は台本を持っていたが、それはフィクション。ノンフィクション主義の僕たちは、本番で台本を手にしたことなど一度もなかった。
だから2人の受け答えは、相手が予想しないことを言い合う競争でもあった。お互いを驚かせてやろうと、いつも隠し玉を投げ合っていた。バッテリーというよりも双方ともにピッチャーで、剛速球もあればワイルドピッチもありだった。
近藤真彦さんは包帯を巻いたまま、中森明菜さんは松葉杖をついて…
本番ではアクシデントやハプニングが続出した。演出でセットに連れてきた仔犬がうんちをし始めて小泉今日子さんが笑って歌えなくなったり、1位の郷ひろみさんがミラーゲートから出てこなかったり。
けがをしても、近藤真彦さんは包帯を巻いたまま、中森明菜さんは松葉杖をついて出演してくれた。10代のアイドル歌手が見せたプロ根性が相乗効果となって、さらに番組の評価は高まった。
番組で出演者の誕生日を祝うケーキをみんなで食べたときだ。「五木ひろしさんが画面の隅で指に付いたクリームをテーブルクロスでぬぐっていた」と指摘するはがきが、視聴者から殺到したことがある。五木さんがVTRでお詫びするという大騒ぎに発展した。
テレビは怖い。何千万という視線が注がれ、たとえ画面の端のささいな動きでも視聴者は見逃さない。手は抜けないと肝に銘じた。
いつ何が起こるかわからない。その意味で『ザ・ベストテン』は音楽番組というよりも報道番組かドキュメンタリー番組に近かった。予想できない展開と、そこであらわになる出演者たちのリアルな姿。その圧倒的なライブ感とスリルが、視聴者をくぎ付けにした。
『ザ・ベストテン』が終わった後は、いつも汗びっしょりだった。100メートル競走のように、1時間の生放送を全速力で突っ走って、ゴールを切る。そのとき感じるのは、「今日もいい運動をしたなぁ」という肉体的疲労だ。『ザ・ベストテン』は僕にとって毎週開かれる運動会のようなものだった。
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