高野 ナガ族なんですが、ナガは20以上ある小さい民族の総称をそう呼んでいるだけで、誰がナガなのか実は意見が分かれます。僕が聞いた限り、共通していることは二つだけで、一つは昔みんな首狩りをやっていたこと、もう一つは、みなめちゃくちゃ納豆を食べるということ。
小倉 首狩りと納豆!
高野 他はまったく共通点ないんですよ。社会構成も、畑の作り方も着ているものも違いますが、熟成納豆の作り方に長けていて、みな通年で納豆を食べている。ナガでは納豆をつつむ葉っぱを取り替えながら囲炉裏の上で1ヶ月以上かけて長期熟成させます。これを出汁にして作る芋とか野菜の煮込みがめちゃくちゃ美味いんです。
小倉 納豆出汁!?
高野 そう、でも納豆の味じゃない。上質な昆布出汁みたいな感じで納豆臭もない。塩が簡単に手に入らず味噌をつくるのも難しい地域でもタンパク源を得るための、すごい知恵ですよね。麹と納豆はとても似ていると思いました。
小倉 主流でない民族の“サバイバル食”としての知恵ですよね。麹と納豆、そこに発酵茶も加えたいのですが、この三つの発酵食が同じエリアに集まっているのは、文化人類学的にすごく意味があることのように思います。
お茶といえばウーロン茶か緑茶という中華圏から外れた辺境で発酵茶は作られているし、麹といえば麦麹の世界の外側で、米麹は作られている。山岳地帯に追いやられたマイノリティが納豆も作っている。そんなアジア辺境の発酵食文化は日本に引き継がれ、形を変えて、息づいているのもすごく面白い。
高野 結局、発酵食文化はマジョリティでもなく名門でもない人たちのところに色濃く残っているんですよね。
小倉 思えば『イラク水滸伝』に、くさやのような発酵させた魚を使った強烈な煮込み料理が出てきますよね? あれも、湿地帯に追われたマイノリティによる、食材が限られた地でのユニークなサバイバル食だと思いました。
高野 マスムータね。発酵させた魚を炙って、タマネギや燻製ライムと煮込んだ湿地帯の名物料理です。くささがたまらない絶品です(笑)。湿地帯は歴史的に、迫害されたマイノリティの宗徒や、権力にあらがうアナーキーな人々が集まっていた。そんな追いやられた辺境地で生きる人々のソウルフードが発酵食なんですよね。
「発酵はアナーキーだ」って小倉さんは本書に書いてたけど、まさに微生物の働きは予想もつかないし、人間が作った国境とか民族の垣根に関係なく自由に動いている感じがします。
小倉 発酵はどこまでもアナーキーだし、アナーキーに生きる人々のアイデンティティと深く結びついてきた。これからもその面白さを探求し続けたいですね。今日は興味深いお話をありがとうございました。
高野 こちらこそありがとうございました。
(ジュンク堂書店池袋本店にて)
小倉ヒラク(おぐら・ひらく)
1983 年、東京都生まれ。発酵デザイナー。早稲田大学第一文学部で文化人類学を学び、在学中にフランスへ留学。東京農業大学で研究生として発酵学を学んだ後、山梨県甲州市に発酵ラボをつくる。「見えない発酵菌の働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちと発酵・微生物をテーマにしたプロジェクトを展開。絵本&アニメ『てまえみそのうた』でグッドデザイン賞2014受賞。2020 年、発酵食品の専門店「発酵デパートメント」を東京・下北沢にオープン。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』『オッス!食国 美味しいにっぽん』『アジア発酵紀行』など。
高野秀行(たかの・ひでゆき)
1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。ポリシーは「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」。『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)でデビュー。『ワセダ三畳青春記』(集英社文庫)で酒飲み書店員大賞、『謎の独立国家ソマリランド』(集英社文庫)で講談社ノンフィクション賞等を受賞。他の著書に『辺境メシ』(文春文庫)、『幻のアフリカ納豆を追え!』(新潮社)、『語学の天才まで1億光年』(集英社インターナショナル)などがある。最新刊は『イラク水滸伝』(文藝春秋)。