高野 へー、どこか倉庫とかに置いておくの?

小倉 そうなんです、時間をかけて置いておく。現地で聞いてすごく面白かったのが、娘が生まれたら、出来立ての生茶を2~3セット買い、娘が20年後とかに嫁に行くときになったら嫁入りの資金にするんだとか。20年以上熟成させたお茶は何十万円にもなるそうです。

高野 実は僕、30年ほど前に、茶樹王を探しに行ったことがあるんです。当時大学を卒業してライターとしての仕事もないし、ただ中国語が少しできたから、雲南省をウロウロして、「なんか、面白いものないか」って探したら「茶樹王」というのがあると地元の人に訊いて(笑)。

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 そこでバイクタクシーを雇って、2日がかりで僻地をさまよった挙げ句、巨木の前に連れていかれて、「これだ!」と。知識がないから、見かけは単なる巨大な木で全然お茶に見えないし、途方に暮れた思い出があります。

森のように生い茂った雲南省の茶樹 ©小倉ヒラク

小倉 あれは予想を超えた大木で、突然見てもわからないですよね(笑)。今回の旅でプーアル茶を通して、僕は中国の大地の思想を実感しました。日本のお茶は「かぶせ茶」といって高級茶になればなるほど覆いをして光合成しないようにする。すると茶葉が蓄えているうま味成分がポリフェノールに変わらないので、うま味のまま保存されるんですね。土には大量の肥料を入れて、うまみと甘みを出すというアプローチです。

 一方、茶樹王は光合成できるように葉が一杯茂ってるし、追肥を全くしない。「肥料はどうしてるの?」と聞いたら、ハニ族のお兄ちゃんが「良い茶の木は大地の力をそのまま飲むものだからいじらない」という。これをそのまま緑茶にすると、めちゃくちゃ渋い味なのですが、発酵させてプーアル茶にするとポリフェノール分が微生物で分解されて、味がまろやかになるんですね。

 日本茶とは発想が真逆ですが、プーアル茶は他の中国茶の中でも他にない文化で、シーサンパンナだけが異次元の世界です。

高野 僕が今まで深くコミットしてきたのはミャンマーのシャン族(中国のタイ族)ですが、彼らの故郷はシーサンパンナ。2000年以上前にシャン族の王国があって、そこから広がっていったと彼らは信じています。ミャンマーの山奥からインドのナガランドにも行きましたが、カチン族やナガ族などの村ではどこもみなプーアル茶を飲んでいるんですよね。

 当時はそうと気づかなかったんですが、ミャンマー旅行に行った友達が、プーアル茶を竹のカップと一緒にお土産にくれて、はっと気づいたんですね。あっ、カチン族の村で飲んでいたのはこれだったのか、と。

小倉 まさにそのナガランドのすぐ隣り、マニプル州に米麹の源流をたどっていったのが今回の旅のクライマックスでした。そこにはメイテイ族が住んでいて、ナリという謎の“なれずし風”発酵調味料を使っているし、アジア最古の米麹の製法が温存されていたんです。詳しくは本書に譲りますが、本当はナガランドにも行ってみたかったんですよね。やっぱりあのエリアはナガ族が一番多いんですか?

ナリを仕込むメイテイ族 ©小倉ヒラク