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連載春日太一の木曜邦画劇場

原作小説から妄想した配役。ドラフト1位の面々がズラリ!!――春日太一の木曜邦画劇場

『宮本武蔵』

2024/02/20
note
1973年(148分)/松竹/23080円(税込)

 歴史上の人物を扱った小説を原作にした時代劇を観る楽しみの一つに、それぞれの人物がどれだけ原作小説や史実から受けるイメージの通りに配役されているか――がある。

 そういう点で満点なのが、今回取り上げる松竹=加藤泰監督版『宮本武蔵』だ。

 映画の『宮本武蔵』といえば、内田吐夢監督=中村錦之助主演による東映の五部作が決定版だ。が、配役という点では、吉川英治の原作のイメージからは大きく離れている意外性も少なくない。たとえば、ニヒルな佐々木小次郎に剛直な高倉健が配されていたり、武蔵を導く沢庵和尚に俗っ気の強い三國連太郎が配されていたり。そこは、違和感のあるキャスティングをあえてすることで人物に幅をもたらせようとする内田吐夢ならではの狙いもあるのだが。

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 その点、本作には全く無理がない。豪快な武蔵に高橋英樹。ニヒルな小次郎に田宮二郎。臆病でいながら如才ない又八にフランキー堺。名門の跡継ぎとして気位の高い吉岡清十郎に細川俊之。その弟で血気盛んな伝七郎に佐藤允。一途に武蔵を想うお通に松坂慶子。乱世をタフに生き抜こうとする朱実に倍賞美津子。そして沢庵は笠智衆――。原作を読んで「この役に自分なら誰を配するか」を妄想する際、多くの人がそれぞれのドラフト一位で考えるであろう、申し分のない面々がズラリと顔を揃えているのである。

 内田吐夢が五作をかけて描き切った関ケ原から巌流島までの大長編が、本作では二時間半の中に詰め込まれている。そのためにドラマ性は弱く、「原作のダイジェスト」的な物語の薄さはぬぐえない。

 ただ本作の場合、そのことがかえって魅力を増す要素になっているとも捉えられる。というのも、ダイジェストであることで全編が「完璧なキャストによる見せ場」の連続となり、名配役同士の対峙が切れ目なく次々と映し出される贅沢を堪能できるからだ。

 暴れん坊の武蔵=高橋を諭す、仙人のような沢庵=笠。凜々しく成長した武蔵の前で徹底した情けなさを見せつける又八=フランキー。初登場時からただならぬ冷たさを放って武蔵の前に立ちはだかる小次郎=田宮。敗者の屈辱に打ちひしがれる清十郎=細川と、それを豪快に嘲笑う伝七郎=佐藤。原作小説からそのまま飛び出してきたかのような名優たちが躍動する様に、ワクワクが止まらない。

 ただ、そうした見せ場も凡庸な監督ならば、途端に退屈な印象になる。だが、そこは加藤泰。得意のローアングルや極端なアップといった外連味(けれんみ)あふれる構図で切り取り、名優がぶつかり合う芝居場をド迫力に盛り上げていた。

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