溺れても漁をやめてはいけない理由
朝、「沖に出る」と考えただけで、食事がのどを通らなくなる。
「酔ったら吐くしかありません。米よりもパンの方が吐きやすいし、米だと吐く時にのどが痛くなるので、朝はパン食に変えました」と話す海女もいる。
奈津希さんは「酔いが激しくなるのはシケの日です。うねりが出るから、海底でもやられてしまいます」と話す。そうした日が続くと、潜る前に日焼け止めクリームを塗る時、臭いをかいだだけでも気持ち悪くなっていた。
「朝食がのどを通らなくなります。いい酔い止め薬がない頃には全て吐いてました。海女漁を始めた頃は食べられないし、食べても吐いてしまうので、やせこけていました。漁が終わると疲れ果ててしまい、陸に上がったら倒れるようにして眠っていました」と奈津希さんは話す。
溺れる海女もいる。
どれほど優秀な海女にも溺れる寸前まで陥った経験があるようだ。
「今日はやけに息が続く」「まだ底にいられる」という感覚になる時や、「いいのを見つけたから、もう一つ採ってから上がろう」と考える時に陥りやすいのだという。
「えっ」と気づいた時にはもう遅い。足がガクガクしてけいれんする。
あと少しで海面という時に、頭が真っ白になって意識を失うのだ。そうした時に頼りになるのは同じタライにつながっている「相棒」だ。引っ張り上げてくれる。
海女漁では獲物を入れるタライに実力が同じレベルの海女が2人ずつつながるが、交互に潜るパートナーであると同時に、命を預け合う仲間なのである。
しかし、溺れたからと言って、そこで漁をやめてはいけない。すぐに潜らないとトラウマになり、潜れなくなってしまう。実際に深い岩場に潜れなくなった海女もいる。
存亡の危機に立たされた「最強の海女集団」
サメにも遭遇する。
イワシの群れを、マグロやブリが追い掛けて来る。これをサメが狙うのだ。
そうした時には、音を出さずにじっとしておかなければならない。サメはグルグルと回っていても、やがて魚を追っていなくなる。
奈津希さんは「魚の群れが来たらゾッとする」と漏らす。
そうした経験を重ねながら、奈津希さんは輪島を代表する海女になっていった。
これほどの技術は毎年必ず潜ってこそ向上し、維持されてきた。
にもかかわらず、輪島港が隆起し、船が出せなくなった。舳倉島に通えないどころか、上陸すらできない。
「このまま何年も潜れなかったら、高齢の海女から辞めていきかねません。早く港を再建しないと」。奈津希さんと始さんは口をそろえる。
「最強の海女集団」は存亡の危機に立たされているのである。