潜っていない時も常に足を動かし続ける
「高齢で足がきかない海女は、しゅしゅしゅと流されて、振り返ったらいなくなっています。すると、船頭が流された先で拾い、“上流”で落とすのです。私達だって、ちょっと油断したら島の端から端ぐらいまでビューッと流されてしまいます」と奈津希さんは語る。
「島の端から端」というと1600mもある。この距離をあっと言う間に流されてしまうのだ。
「あんな海で4時間も泳ぎ続けるなんて、普通の人間にはできませんよ」。6人の海女を乗せて船を操る始さんは断言する。始さんも海女漁の技術を持っているが、「1時間泳ぐのがやっと」という海なのである。
潜っていない時も常に足を動かしていなければ流されてしまう。休憩に缶コーヒーを飲むのも、タライにつながった海上なので、やはり足を動かしている。
それだけではない。深さ15mほどは潜る。
私が5年前に奈津希さんに取材した時には20mほど潜っていた。奈津希さんは海士町で最も深いところまで潜る実力を持っている。深く潜れる海女ほど、他の海女には採れない獲物を見つけることができるのである。
海女にはアワビなどを見つける「視力」も必要とされる。奈津希さんはこれにも定評があり、「若手ながらも随一の力量がある」と、他の海女に一目置かれる存在だった。
海女が最初に受ける“洗礼”
海士町の海女が「最強」である証拠は他にもある。
海士町自治会の前会長で、刺し網漁師ながらも、海女漁の技術を持っている上浜政紀さん(60)は、「私の母も海女でしたが、夏場には北海道まで潜りに行っていました。そうした出稼ぎ漁の時に見初められて、北海道で結婚した海女もいます」と話す。
一般に「北限の海女」は岩手県久慈市だと言われている。東日本大震災が起きた2年後の2013年、NHKが『連続テレビ小説』として放映したドラマ『あまちゃん』は久慈の海女がモデルだった。
「ところが、海士町の海女は『北限の海女』のさらに北まで潜りに行っていたのです。どれだけすごい技術を持っているか」と上浜さんは驚嘆する。
ただ、「最強の海女」もやはり人間だ。苦労なく過酷な海に潜っているわけではない。
海女として最初に洗礼を受けるのは「酔い」だろう。奈津希さんも苦しめられた。海女としてデビューした当初は、あれほど楽しかった海が辛くなった。
通い海女は漁場までの移動時間が長い。行きは輪島から3時間。帰りはサザエやアワビの鮮度を保つためにスピードを上げると言っても2時間掛かる。
そうした海上移動だけでなく、潜っている間にも「波に酔う」のだ。日本海の真っ只中の潮の速い海域だから、当然と言えば当然かもしれない。