『決断 そごう・西武61年目のストライキ』(寺岡泰博 著)講談社

「会社」とは「社」に「人」が集まって目的を達成しようとするもので主体はあくまで「人」である。ところがアクティビストという投資家たちの登場で近時、会社は安く買って高く売るだけの「商品」になってしまった。そこに「人」は不在である。経営者たちは彼らに脅されているのか、それとも彼らを利用しているのかわからないが、「選択と集中」の御旗を振りかざし、「会社」を売り払ってしまう。そこに「人」に対する愛情は微塵もない。本書は、そのような経営者や投資家に敢然と戦いを挑んだごく普通の男の勇気の戦いのドキュメントである。

 寺岡泰博さんが1993年に入社した西武百貨店は、バブル崩壊の影響をモロに受け、そごう・西武となり、その後、コンビニ大手のセブン&アイの傘下に入った。同じ小売業でもコンビニと百貨店は全く違う。百貨店は働いている「人」の顔が見えるが、コンビニはそうではない。実際、経営は不調続きでそごう・西武はセブン&アイ傘下でリストラが続く。セブン&アイのトップの井阪隆一さんは、そごう・西武をヨドバシカメラと組んだファンドに売却しようとする。

 そごう・西武労働組合委員長だった寺岡さんは、百貨店人のプライドを守る戦いに挑む。普通の男から戦う男への変貌である。戦いは寺岡さんと井阪さんの一騎打ちの様相を呈し始め、その迫真さにページを繰る手が止まらなくなる。非人間的、強大な権力を持った経営者と、真面目で心優しい普通の男の戦いは、後者が圧倒的に不利であるが、まるでロッキーの映画を観るように迫力満点だ。「徳は孤ならず必ず隣あり」と孔子は言った。その言葉通り、寺岡さんの下には多くの味方が集まって来る。弁護士などの法律家は元より、同じ百貨店業界で働く組合員たちや委員長たちだ。普段は、ライバルだが、そごう・西武の戦に加わったのだ。

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 スト決行を決めた寺岡さんに井阪さんは追い詰められ、ついに人間性を剥き出しにする。その執念深さは鬼気迫るものがある。およそ大企業トップとは思えない口調で恫喝する。強力な経営者に対して、一歩も引かずにパンチを繰り出す寺岡さんの勇気は敬服に値する。ついに寺岡さんたちはデモを決行する。

 くしくもその日、そごう・西武のファンドへの売却が正式に決定した。経営者にとって晴れの日のはずだが、それは別の見方をすれば敗北の日である。

 本書は、普通の人間の勇気の記録である。会社は「人」の集まりである。ところが経営者はそれを取り換え、捨てることが可能な「機械」としてしか見ていないのではないか。経営者が、働く人たちを仕事に誇りをもち、喜びも悲しみもある「人」としてみない限り、この国の未来はない。寺岡さんの勇気は、これからの日本社会を、より人間的な社会に変化させていく力になるだろう。

てらおかやすひろ/1993年西武百貨店(現そごう・西武)入社。2005年ミレニアムリテイリンググループ労働組合(現そごう・西武労働組合)中央執行委員として組合専従者に。08年に復職。16年に中央執行副委員長として労働組合執行部に復帰、18年から中央執行委員長(現任)。
 

えがみごう/銀行員の傍ら2002年に小説家デビュー。代表作に「庶務行員 多加賀主水」シリーズなど。近刊に『根津や孝助一代記』。