『小山田圭吾 炎上の「嘘」 東京五輪騒動の知られざる真相』(中原一歩 著)文藝春秋

「小山田圭吾炎上事件」を知ったときは、「またか」と思った。東京五輪は、エンブレムの“盗作”疑惑や、大会組織委員会会長の“女性蔑視”発言でたびたび炎上していたからだ。

 小山田は四半世紀前に雑誌に掲載されたインタビューで、学生時代のいじめ体験を自慢げに語っているとして、はげしい批判を浴びていた。私が関心をもつようになったのは、本人の謝罪文書に「事実と異なる内容も多く記載されている」と書かれていたことだ。

 その後、『クイック・ジャパン』の記事全文が当時の関係者によってネットに公開され、私の疑問はさらに強まった。小山田はそこで、小学校から高校まで続いた、発達障害の生徒との“奇妙な友情”を回想していた。しかもそのインタビューによれば、小山田が実際に行なった“いじめ”は、小学校と中学校のときの2回だけなのだ。

ADVERTISEMENT

 しかしそれでも、小山田を擁護するのは無理があった。事件の発端となった『ロッキング・オン・ジャパン』では、「全裸でグルグル巻にしてウンコ食わせて」という小山田のいじめ加害が武勇伝のように語られていたからだ。しかしこれは、「事実」なのか?

 その謎を解いたのが、2021年9月に本誌に掲載された、中原一歩による「小山田圭吾 懺悔告白120分『障がい者イジメ、開会式すべて話します』」というインタビューだ。

 それによると、「全裸でグルグル巻」は中学の修学旅行での出来事で、小山田は傍観者だった。「ウンコ食わせて」は、小学校のとき、道に落ちていた犬のウンコを食べて、ぺっと吐き出した同級生をみんなで笑った、という話だった。

 だとしたらなぜ、本人の説明と雑誌の記事に、これほど大きな違いが生じるのか。『小山田圭吾 炎上の「嘘」』は、このスクープをした中原による事件の「決定版」で、20代のときの不用意な発言が歪められて雑誌に掲載されたことで、小山田が音楽家生命を絶たれる寸前まで追い詰められていく様子が臨場感をもって描かれている。

 とはいえ、ここには単純な被害者や加害者はいない。若いミュージシャンの露悪的な発言を面白おかしくふくらませたのは、この音楽誌の編集長が、ニューアルバムをプロモーションしようとしたからだった。

 90年代当時、雑誌での発言が将来、インターネットで炎上することを予想できた者は誰もいなかった。この事件に教訓があるとすれば、すねに傷のある有名人は、今後、「キャンセル」されるような公的な立場につくのを避けるべきだということだろう。

 長く生きていれば、誰もがやましい秘密の1つや2つは抱えているはずだ。だが小山田とちがって、過去の不徳が電子的に記録され、永久に消えないわけではない。そのことに気づいて、私もあなたも、ほっと胸をなでおろすのだ。

なかはらいっぽ/1977年、佐賀県生まれ。ノンフィクションライター。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』『小林カツ代伝 私が死んでもレシピは残る』『マグロの最高峰』『「㐂寿司」のすべて。』『寄せ場のグルメ』など多数。
 

たちばなあきら/1959年生まれ。『言ってはいけない』で新書大賞。近著に『DD(どっちもどっち)論』『テクノ・リバタリアン』。