山水画のような“山水映画”を生み出したデビュー作『春江水暖』で世界的注目を浴びた中国の俊英グー・シャオガン。第2作となる『西湖畔に生きる』は杭州・西湖を望む茶畑から始まる。茶摘みの母が違法なマルチ商法に嵌ってしまい、息子ムーリエンは母を救い出そうと必死になる。天上のような茶畑の美しさと、欲に塗れた下界のコントラストが衝撃的だ。

「人間の欲望と精神性を描きたかったんです。マルチ商法は一時、中国で非常に問題になりましたが今やネット詐欺が主流です。しかしマルチは他の犯罪と違い、欲を追求するうちに自らを見失い、自分の大切な人を騙すというところまで行きつく。そこを切り口にしたかったので、あえて少し古いマルチ商法を選ぶことにしたんです」

グー・シャオガン ©Hangzhou Enlightenment Films

 マルチ商法集団に潜入調査もしただけあって、洗脳の手口が非常に生々しい。実は親族が被害に遭っていた。

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「私が描きたいのは、伝統と現代の関係です。それを映画で表現する上で、マルチ商法はとても良い器になると思ったんですね。ここで言う伝統とは、自然と繋がれる神性のようなもの。この話は『目連救母』という仏教故事を現代に翻案した寓話でもあり、ムーリエンは人間の内なる神性の象徴です。一方で、現代は欲にまみれた世界であり、マルチ商法はその最たるものの一つ。でも私は伝統回帰を目指しているわけではなくて、伝統と現代、つまりは精神と欲望の関係に興味がある。それは哲学的問題でもあります。もちろん親族が嵌ったことも重要なきっかけですが」

 目連救母は、釈迦の弟子である目連が地獄に堕ちた母を救った、盂蘭盆の起源と言われる故事だ。漫画やアニメ好きな学生だったが、同時に哲学と宗教に興味があった。

「大学生の頃からヒンドゥー教に興味があったんですね。その頃、映画『アバター』を観て、これはヒンドゥー教を現代に通じる物語に翻案したものだと感じたんです。今回も神話を語り直すような映画にしたかった。中国には澄懐観道という熟語があります。胸を澄ませ、道を感じるという意味で、これが私の山水映画の美学なんです。大きな目と心で小さな物を掬い取るような感じですね。また同時に、映画も大きいものであり、小さいものであると言えます。黒澤明監督や小津安二郎監督の作品のように、映画は人生を捧げて究める価値があるほどに大きく、一方で生活のための仕事であるという意味で小さい。でも伝えたいことがある。それを多くの人に観てもらうには通俗性も必要で、芸術性と商業性のバランスを取るのが理想です。その意味では是枝裕和監督にとても啓発されています」

 日本の監督でもう一人、影響を受けた人物を挙げた。

「山田洋次監督です。『家族はつらいよ』といった映画には人間としてダメな人が出てくるけれど、憎めない。『春江水暖』にもマルチにハマる弟が出てきますが、ああいう人間の喜劇的な部分は山田監督から学んだ部分が大きいですね」

顧暁剛/1988年生まれ、中国浙江省杭州出身。大学在学中に映画に興味を持ち、短編やドキュメンタリーを作り始め、初長編『春江水暖~しゅんこうすいだん』(19)がカンヌ国際映画祭批評家週間閉幕作に選ばれる。昨年の東京国際映画祭では黒澤明賞を受賞。

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映画『西湖畔(せいこはん)に生きる』(9月27日公開)
https://moviola.jp/seikohan/