1ページ目から読む
4/4ページ目

 そして、「対マスコミ」。ここでの最大の要注意人物は読売新聞グループ本社会長兼主筆の渡邉恒雄とされた。渡邊は、政界と言論界に巨大な影響力を持っている。

「渡邉主筆は、(自民党)総裁選挙の前日、森、青木、古賀と会合を持ち、石原伸晃擁立に向けて議員の多数派工作に当たっていた。また、前安倍政権においては、自民党の参議院選挙敗北後、やはり森、青木、古賀等と安倍降ろしと福田擁立を画策。政権発足当初は支持であろうが、要注意」。 

 メモは、安倍の首相としての心得にも触れていた。

ADVERTISEMENT

「諫言(かんげん)を受け入れる:毎週月曜日の早朝に、例えば公邸で、30分程度、秘書官と総理の政策調整の場を」

「休息の重要性:休息する時間がなければ継続できない。総理日程には、例外なく昼2時間、午後1時間程度の空き時間を設ける」

「沈黙は金。威信には神秘性が必要である。なぜならば、人は知りすぎたものをあまり尊敬しないからである」

「正義のためには死んでもいい、という気持ちは捨てる」

「野球ならベースの上に球がくるまで打たない‼ 剣道なら、間合いに入るまでは撃ち込んではいけない‼」 

 田中は学生時代、剣道部に所属した。北村も警察庁時代、剣道に勤しんだ。 

 総選挙投票日の16日の会合の際に配布されたメモには次のような点が新たに加えられた。

「政権という上部構造を安定させるためには、政治運動等の下部構造の存在・拡充が不可欠……今回の選挙でも右派系国民運動は大きな成果を発揮。工作担当者を意識的に任命すべき」

 官邸中枢において、右派系の国会議員を首相補佐官のような役職に据えることを示唆したものだ。

 その一方で、右派に引っ張られないよう注意する必要性も述べていた。

「参議院議員選挙までの期間は、あくまで捻じれ解消のための暫定と割り切り、国会運営、特に参議院国対(国会対策)その他においても協調路線が必要。戦後レジーム脱却路線は、当面封印し、法律改正が伴わない経済政策や外交に注力して実績を挙げることが肝要」

 第一次政権で安倍がよく使った「戦後レジーム脱却」といった生硬でイデオロギー色の強い言葉は使わないことにする。少なくとも「当面封印」する。

「党運営を押さえないと失敗する。幹事長には、実力のある腹心中の腹心を起用。党と内閣とのバランスをとることが重要」

 石破茂自民党幹事長への不信感をあからさまにしている。ただ、石破を交代させた場合「かなり、ごねる蓋然性」をメモは指摘していた。

 

 12月16日。第46回衆議院選挙が行われた。結果は、自民党が294議席を獲得した。現有118議席に186議席を上乗せした。一方、民主党は57議席にとどまった。現有230議席から激減した。公明党も31議席を手にし、現有の21議席から大きく伸ばした。日本維新の会も現有11議席から54議席へと躍進した。自民党は政権を奪還した。

 安倍晋三が再び、首相に返り咲いた。戦後、首相経験者が再度、首相に再任されるのは1948年の第二次吉田内閣の時の吉田茂首相以来のことだった。保守合同で自民党が誕生してからは安倍が最初である。


(船橋洋一『宿命の子 上』第一章「再登場」より一部抜粋)