2012年、自民党総裁となった安倍は、時の野田総理との論戦で、衆議院解散に追い込む。安倍政権に動き出すスタッフたち――。

 安倍本人をはじめ、菅義偉、麻生太郎、岸田文雄などの閣僚、官邸スタッフなどに徹底取材、政治ドラマの奥に迫る第一級のノンフィクションから、総裁選、総選挙の内幕を描いた第一章「再登場」から、一部を抜粋する。

 

「それは約束ですね。約束ですね。よろしいんですね。よろしいんですね」

(2012年)11月14日。党首討論が始まった。 

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 安倍が質問に立った。

「さきの総選挙において、野田総理そして民主党の皆さんは、マニフェストに書いてあることを実行するために消費税を上げる必要はない、そう約束をされた。そして、政権をとったんです。その約束をたがえて、主要な政策を百八十度変えるんですから、国民に対して改めて信を問うのは当然のことであります」

 そして、安倍は野田が8月8日に、「法律が成立をした暁には、近いうちに国民に信を問う」と約束した、それはどうなったのか、問い詰めた。

「あの約束の日は八月八日、夏の暑い日でした。夏は去り、そして秋が来て、秋も去りました。もういよいよクリスマスセールが始まろうとしています。いわば約束の期限は大幅に過ぎている」

「野田さん、もうこの混乱状態に終止符を打つべきです。……勇気を持って決断をしていただきたい」

 野田が答えた。

「八月の八日、当時の谷垣総裁と党首会談を行いました。その党首会談は、私が政治生命をかけると言った社会保障と税の一体改革がデッドロックに陥ったからであります。政治生命をかけるという意味は……もし果たせなかったならば、解散をするのでもない、総辞職をするのでもない、私は、議員バッジを外すという覚悟で、党首会談で谷垣総裁とお会いをさせていただきました」(中略)

 その上で、野田は解散について言及した。

「近いうちに解散をするということに、先般の十月十九日、党首会談をやったときにもお話をしました、ぜひ信じてくださいと。残念ながら、トラスト・ミーという言葉が軽くなってしまったのか、信じていただいておりません」

「トラスト・ミー」という言葉を口にしたとたん、安倍がしてやったりの顔を浮かべた。

〈しまった〉と野田は思ったが、もう遅い。 

 2009年11月、民主党政権の鳩山由紀夫首相がオバマ米大統領に米軍普天間飛行場の移転問題の決着への覚悟を示すため、「トラスト・ミー」と言った。しかし、鳩山はその約束を果たせず、オバマの強い不信を招いた。「トラスト・ミー」は「信用できない民主党政権」の代名詞に他ならない。

 安倍は見逃さなかった。