キョロちゃんのぬいぐるみに入って……
その瞬間、ふと、怖くなった。体型を管理する夫にではなく、管理されていることに、いつの間にか順応している自分に対して。
――小説では、夫の管理に順応している葉の様子も描かれていましたが、大木さんの場合、声を上げると業界にいづらくなる、自分のキャリアが塞がってしまう思いもあった?
大木 芸能活動していた頃は“かわいくて物分かりの良い女の子”として周囲の大人達に気に入られなければオーディションに受からないと思っていました。だから、心がザワつくような目に遭っても、心は死んだまま笑って流してしまうこともあったかもしれません。
その思いは、アイドルを卒業した後もしばらく続きました。みじめとか嫌というより、お金を稼いで生きていくことに精一杯だった、というのもあります。とにかく当時は生活のために働かなくてはいけなかったので汐留のビジネスホテルでベッドメイキングのバイトをしたり、地方のスーパーまで行って、キョロちゃんの着ぐるみの中に入ってチョコボールを子供達に配る派遣バイトもやったり。
本当に当時はお金との闘いの人生だったので、その意味でも、“女性の自立”をふわっとしたファンタジーとして描くのではなく、どこまでもリアルに書きたかったんです。
「なんでも人がお膳立てしてくれると思ったら、大間違いだよ。最初の一歩は自分で来い」
――ある出来事をきっかけに夫の元を飛び出した葉は、偶然出会った2人の男性、天堂と那津の営むレストラン「メゾン・ド・パラダイス」で、住み込みで働き出します。しかし、天堂と那津を“優しい保護者”に終わらせず、葉のダメなところをビシビシ指摘させていますよね。
大木 王子様が現れてマンションをあてがってもらうのではなく、葉ちゃんにも、「住む家はどうする?」「間借りさせてあげるけど、その分、働かなきゃね」と、現実を突きつける人が必要だと思いました。
夫から何もかも搾取されてゼロから始めなきゃいけない現実は、本当につらい。だけど、魔法が起きない限り、自分で食い扶持を稼いで自立するしか道はないよね、と。