自分を性的に見ない男性と出会った
――大木さんは28歳から3年間、お姉さんの紹介で当時56歳の赤の他人「ササポン」と同居をはじめ、生活が安定していったそうですね。
大木 ササポンというシェルターは、本作の主人公である葉にとっての天堂と那津にリンクすると思います。この方々の何が素晴らしいって、自分を性的な存在として見てこない、マンスプレイニングしてこない、説教をしてこないこと(笑)。
私が求めていたのは、困った時に自分のできる範囲で手を差し伸べてくれる人だったと思うんです。でも、頼る相手を間違えると、誘われて執着されたり、性愛を生じさせられたりして。
――弱みにつけ込んでくるような人がいた?
大木 会社員を辞めた時、仕事がなさすぎてライターとして一人で営業活動に回っていたのですが、その時に知り合ったグルメ系メディアの人とLINE交換をさせられて、「一緒に食事行きましょう」と誘われたことがありました。わらにもすがる気持ちで行ったら、仕事の打ち合わせもなく、ただ飲んだだけ。
ササポンにその日の出来事を愚痴ったら、彼が一言、「それ、おかしいよ」と言ったんです。普段は感情を表に出さない人でしたが、その時は静かに怒っているような感じで、「これ、僕の仕事先のメールアドレスだから、『次回からはこの人もメールのCCに入れます』って相手に言ってくれていい」と言ってくれて。
ササポンから保護者的ケアを受けたのは、その時が最初で最後です。弱っている私や葉ちゃんに必要だったのは、社会的な常識や法的知識に基づいてアドバイスをくれる人だったんです。
この人は絶対に私を傷つけない。おそらく私も彼を傷つけることはしない。そこには他人として境界線が明確に引かれ、干渉しすぎないように、常に一定の距離感が保たれている。こんな感情を人に抱いたのは初めてで、この名前の付けられない関係に私は救われてきた。
本作の主人公の葉ちゃんも30を過ぎた大人ですけど、心が弱っている時って、大人でも分別がつかなくなる。そういう時、人の痛みを知っている他人が、自分のできる範囲で、「うちに泊まってけば」と、手を差し伸べる。でも、タダで居させるわけにいかないから、その分、料理人として働いてもらう。ただし、ちゃんとお休みはつくるし、お金を払う――そんな対等な関係を結んでくれる人が現実世界では宝くじレベルでまれだとしても、でも、私にはササポンがいたから、あり得るんじゃないかなって。
読者の皆さんにとっても、実際にそんな人と出会う・出会わないは別として、この作品が救いになってくれたらいいなと思うんです。
