会社員になったら20kg太った
――これまで食事制限を受けていた葉が、テイクアウトの牛丼をアレンジしたものやステークアッシェなど、料理で自分を取り戻していく様子も印象的です。大木さんも、キャリアの中で食事には苦労されてきた?
大木 女優時代はダンスレッスン、演技レッスンといろんなレッスンをこなしつつ、通っていた高校の近くの区民プールで何時間も泳いで、食べるのはブロッコリー1個みたいな生活を続けたことで、生理が止まったこともあります。
そうして芸能界を辞めて会社員になってからは反動で――痩せていたし、私は何を食べても大丈夫だろうと思っていたら、今度は慣れない記者業に対する不安で20キロ太ってしまったんです。
もう長いあいだ日常生活を豊かに感じたことなど無かったことに気がついた。
豊かさよりも日々、英治に傷つけられないように出来るだけぼんやり生きることで自分の身を守ることに必死だったのだ。
――会社員時代はどんなものを食べていた?
大木 冷蔵庫に常備してあったのは、ホールのカマンベールチーズですね。洗い物をする余力すらなかったので、切らずに丸ごとかぶりついて、柿の種と一緒に食べていて。
その時の食事は味わうものでなく、お腹いっぱいに詰め込む“行為”でした。今思えば、食べるものも食べ方も、自分のことをネグレクトしていたと思います。
こうした時期を乗り超えて、30代で作家になって。本作の執筆を始めた際、料理の監修をしてくださった料理家の今井真実先生が、打ち合わせの途中に何気なく「6月になるとこの魚がおいしいですよ」と穏やかに微笑みながら仰ったんです。その時、ハッとしました。「そうか。本来、人というのは旬のものを味わうことが人生を楽しむひとつの手段だったのか」と気づいたというか。そんなことを感じ取る精神的余裕もないまま、今まで自分は生きていたんだと気付かされました。