その静かな興奮が伝わるのか、お店の店頭に立っていると、お客さんから「なにかお勧めの本、ない?」と聞かれるようになった。最初は、私のお勧めでいいの? と戸惑っていたものの、自分が読んだ本の感動や面白さを共有したいという思いが勝り、熱心に本を紹介するようになった。その様子は、接客している書店員というより、「推し本」を熱く語るひとりの読書好きだった。
すると後日、あるお客さんが「この前読んだ本、すごくよかったよ」と感想をくれた。その言葉を聞いた時、フッと風が吹き、目の前を分厚く覆っていた霧が晴れた気がした。
「夫に裏切られたことによって自信をなくしていたし、人を信じることができなくなっていました。でも、私が読んだ本の感想を言うだけでお客さんがその本を買ってくださったり、『あの本、良かったよ』と言ってくれはることで、こんな自分でも人の役に立ててるのかなって思えたんです。今、臨床心理士として仕事をしている娘からは、『パニック障害から鬱病になるケースが多いけど、本屋という環境とお客さんとのコミュニケーションがお母さんを少しずつ立ち直らせたんだね』と言われました」
恩師からの手紙
この頃はまだ夫との関係がこじれたままで、気分がふさぎ込む日も少なくなかった。しかし、恩師の言葉が二村さんを奮い立たせる。
ある日、自宅の郵便受けを開けると、一通の手紙が入っていた。差出人を確かめると、「井村雅代」と書かれていた。シンクロを辞めてからも井村コーチとはなにかとやり取りが続いていたが、手紙をもらうのは初めて。二村さんは緊張しながら、封を切った。白い便せんには、井村コーチの佇まいを思わせる凛とした字で、励ましの言葉が記されていた。
胸いっぱいになり、すぐにお礼の電話をかけると、井村コーチはこういった。
「私も浜寺水練学校辞めて独立するとき、ものすごいバッシングを受けたし、これまでもいろんなバッシング受けたけど、自分のことをわかってくれる人が誰かひとりでもいたら、私はそれでいいと思うねん。私はトモちゃんのことを応援してるし、負けたらあかん」