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「イラク日報」で判明した、自衛隊員がもっとも死に近づいた瞬間

現地での危険は、砲撃や銃弾ばかりではなかった

2018/08/10
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少なくとも当初は意識不明だった可能性が高い

 この見解を得た後、メモの内容やその他の事故時の情報を伝え、この怪我の詳細について聞き、要約化した。

・交通外傷には高エネルギー外傷という概念があって、評価はガイドラインで定められている。
・「横転した車両事故」、「車外放出」は高エネルギー外傷の目安になり、この時点でかなり危険な事故と初期判断される。
・救急においては、A=気道 、B=呼吸、C=循環、D=頭蓋の順番で優先される。一番上の隊員が挿管されたということは、ABに問題があったと考えて良いので、1次~3次救急では3次に相当すると考えて良い。
​・通常、意識のある患者に挿管はできない。

 3次救急は日本の救急医療制度でもっとも重い救急医療を指し、救命救急センター等での治療対象となる。東京都で3次救急を行える施設は26しかないことからも、高度な医療体制が必要なことが分かるだろう。そして、3次救急は生命に危機があるとみなされる患者への医療だ。これらの医師の見立てが正しいとすると、報道されていた以上に深刻な事故だったことがうかがえる。

日報によると、2人の退院はCT検査を受けている ©iStock.com

 防衛庁の発表では負傷隊員は3名とも意識があるとのことだったが、1人は挿管がされていた旨が書かれている。だが、意識のある患者への挿管は通常行われないという。

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 意識下での挿管が考えづらいとなると、バスラ日誌にもあるように少なくとも当初は意識不明だった可能性が高いようにみえる。防衛庁の最初の発表時には意識を取り戻していたかもしれないが、一時意識不明だったと発表しても良かったのではないか。仮にそうだとすると嘘は言っていないものの、釈然としない。

結果的に隊員の死者が出なかったのは幸運だった ©共同通信社

決して無血で終わった訳ではない

 メディアの関心は、どうしても銃や砲撃といった攻撃事案に向けられがちである。が、一個の生命という意味では、銃撃死も事故死も変わるものではない。筆者はこの事故が公表された資料からうかがえる、もっともイラク派遣自衛隊員の生命に危機が迫った瞬間であると捉えている。

 この事故で死者を出さなかったのは幸運であった。しかし、イラク派遣全体を見れば、米軍車両に轢かれた元航空自衛官が後遺症をめぐり国と係争をしているし、外務省職員2名が銃撃され殉職している。決して無血で終わった訳ではないという点は、胸に刻んでおく必要があるだろう。

「イラク日報」で判明した、自衛隊員がもっとも死に近づいた瞬間

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