音楽青春小説を書くことの難しさ
――主人公の眞山がヴェンツェルというハンガリー人の天才ヴァイオリニストの伴奏をすることになり、彼に振り回されているうちに自分の音を見失ってしまう。他にも、ヴェンツェルのライバル的存在のシュトライヒ、ベトナムや北朝鮮からの留学生、街の美しいオルガン奏者の女性など、さまざまな出会いもあります。音楽青春小説としてはどんなことを考えていたんですか。
須賀 日本人が東ドイツに留学するためにいちばん適した分野は何かと考えた時、音楽が一番世の中の動乱とリンクさせて書けそうだと思いました。学生たちの話であるからには、彼らの人間関係と成長に主眼をおかねばと考え、それで、主人公が自分の音が分からなくなるのはやはり定番かな、と思って(笑)。これを書いた時の私がまさにスランプで、自分の文章が見えない、何が書きたいか分からない状態が長く続いていたので、こういう感じなんだろうなと思いながら。
――実在する曲を演奏するシーンが度々出てきますが、音楽の描写が的確だなと思いました。音楽の経験はあるんでしたっけ。
須賀 エレクトーンを10年やっていて、吹奏楽を6年やっていたので、いちおう楽譜は読めます。でも音楽を書くのは難しかったです。みんなよく書くなと思いました。
――11月の壁の崩壊までの間に、彼らはさまざまな事件に直面し、そして人生の局面を迎えていく。音楽と革命がどんどん盛り上がっていく高揚感がありました。
須賀 “革命前夜”ですから、ベルリンの崩壊までを書くことは決めていました。本当は、壁の崩壊後に、いたるところに秘密警察に通じた密告者がいた、と分かるところまで書こうと思っていたんです。90年代には家族が密告者で自分を監視していた、なんていう事実がたくさん明るみになって、いろんな人間関係が崩壊したようです。そこも書きたかったのですが、今回はやはり民衆の言葉が勝利をおさめた高揚感のなかで終わらせたいと思い、書きませんでした。
――そして7月には、『神の棘』(2010年刊/のち新潮文庫)が文庫化されましたね。これが読んでびっくり! 大改稿されてるではないですか。読み始めて「あれ、違う話?」って思ったくらい。
須賀 そうですね、7、8割は書き直したんじゃないかな。ハードカバー版を書いた時、自分の筆力があまりにも足りないと実感して、なんとかエンドマークはつけたんですけれども、悔いがたくさん残ったんです。もし文庫化の機会があれば、改稿したいと思っていました。
――こちらもドイツの話です。学校で親友だった男性二人が、ナチス政権下で一人は修道士に、一人はナチスの親衛隊、SSの将校になる。それぞれが歩む壮絶な道が圧倒的な迫力を持って描かれているうえに、謎や驚きも隠されていて。単行本刊行時は大藪春彦賞の候補になりましたし、ミステリーとして高い評価を受けました。これは、ミステリーに挑戦してみようと思って書いたのですか。
須賀 執筆依頼を頂いた時に「ナチスで書きたい話があって」と提案して「それでいきましょう」と言われて、喜んで書いただけなんです。土壇場で頼まれたのはミステリーのレーベルだと気がついて(笑)、「あ、ミステリーぽくしないと!」と思ってちょっと足したんです。
――えー、ものすごく考えて構築された物語だと思って興奮して読みましたよ(笑)!! 文庫化の際の改稿では、どんなことを考えたのですか。
須賀 まず上下巻の上巻を変えたかったんです。自分にとって一番こだわりのある時代で、どうして人々がナチスを受け入れて社会が変容していったのか、内側から丁寧に書こうと当時は思い過ぎていて。その結果、背景を書き込み過ぎて、上巻ははっきり言ってもう小説じゃなくなっていました。キャラクターと舞台の分離が起きていましたね。下巻はもう時代がすごい勢いで動いているので、わりと物語にはなっていたと思うんですけれど。上巻はあとから読み直してみても、「私しか楽しくないだろう、これ」という状態でした(笑)。
――歴史の部分を書くのが楽しくてしょうがないという。
須賀 そうなんです。放っておくと延々と書いてしまって、何ページもキャラクターが出てこない、みたいなことになってしまうんです。それと、大藪賞の候補になった時にも言われたんですが、キャラクターが共感しにくい、と。ハードカバーの時は明確にアルベルトが主人公でしたが、彼は一切心の内を最後まで明かさないんですよね。そのようにわざと書いているんですけれど、確かにナチスの話で日本人が一人も出てこなくて、主人公は内面を見せないとなると読者はきついよねと思いました。しかも歴史パートがだらだら続くわけですから。