武道館にこんなに集まった人が、この後何人残るんだろう
おぐら 世間から求められる大江千里像と、ご自身が思い描く理想像とのギャップについては、どうやって乖離していったと考えていますか?
大江 正直「こんなもんでいいのかな」って思っているようなところが大きくなるんだと思います。たとえば、自分としては落ち着きがなくてイヤだな~って思っているところが「キョロキョロしていてかわいい」って言われたりとか。偶像って、どんどん広がって大きくなっちゃうんですよ。
速水 ご自身が関与していないのにキャラクター付けされたところもありますか?
大江 いや、結局は全部自分が作ったキャラクターなんです。人間って多面的じゃないですか。その中のひとつがブレイクして巨大になって、僕はもう次に向かって進んでいるとしても、そこにとどまって、それを求める人たちが大勢いる。商業音楽をやっている以上、そういう人たちに支えてもらっていることは事実だし、そこを無視したら長くは続けられないですよね。
おぐら CDもたくさん売れて、コンサートも大盛況で、やったー! 幸せだー!とはならなかった?
大江 商業的には成功して、思いもよらなかったドラマやCMにも出て、お金がどんどん入ってはくるけど、どんどん出てもいくような状況で。その時は幸せではなかったですね。かえって心の中は不安だったし、いま武道館にはこんなにたくさんの人が集まっているけど、このあと何人が残るんだろうなって。増えることがあれば、必ず減っていくわけでしょう。これまで必ずライブに来ていた雑誌の編集者とかがふと来なくなって、「〇〇さん、今日は来てないの?」ってスタッフに聞くと、「別の予定と重なっちゃったらしいです」っていうね。
おぐら そういう冷静さや客観性は、大学在学中にデビューして、下積み経験がなかったというのも関係ありますか?
大江 あるかもしれませんね。同世代の人たちが苦労してやっと手に入れるようなものを、僕は先に手にしてしまった。そのぶん、苦労があとからやって来ることをなんとなく予感していたのかも。
おぐら 音楽以外の仕事でいうと、NHK『トップランナー』の司会もされていましたよね。
大江 僕のような人間が、人の話を聞いて司会ができるとは思ってませんでしたよ。それに、NHKの若者向け番組ということでは『YOU』や『若い広場』から続いてきた枠なので、最初はプロデューサーに「僕にできるんでしょうか?」って会った時に聞いたんです。でも「今のまま、そのままで大丈夫です」と。
おぐら 第1回目のゲストが辻仁成さん、第10回ではさくらももこさんも出てました。
速水 普段あまりテレビに出ないような人たちがゲストでしたね。
大江 DJ KRUSHとかZEEBRAなんかも来てくれました。あの当時はまだ自意識が強くて、人のことを受け止める余裕も自信もなくて、相手が話してる途中なのに「それで?」ってつい割って入っちゃうんです。そうしたら「…………」というカンペが出て。
速水 しゃべるな、と。
大江 すらすらと出てこなくても、相手は言葉を探している。それをじっと我慢して待っていると、最後の最後にぽろっと小さな本音が出たりする。「人の話を聞くっていうのはこういうことなんだ」って、身をもって体験しました。
(#2に続く)
写真=佐藤亘/文藝春秋